2017 Fiscal Year Research-status Report
中欧文化研究におけるオーストリア論の機能と展望についての研究
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16K02574
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Research Institution | Musashi University |
Principal Investigator |
桂 元嗣 武蔵大学, 人文学部, 准教授 (40613401)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2020-03-31
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Keywords | 中央ヨーロッパ / カカーニエン / オーストリア / ハンガリー / ムージル / モルナール / ポルガー / 翻訳 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は2000年代以降の中欧研究におけるムージルの「カカーニエン」概念の機能と妥当性を探るものである。その際、①ムージルと同時代の作家によるオーストリア論との比較、②ムージルの主著『特性のない男』生成過程との関係、③「カカーニエン」概念の現在までの受容状況の分析、という3つの観点にもとづいて研究を行っており、平成28年度と平成29年度は主に①の観点からの研究である。 平成29年度はムージルと同時代の非ドイツ系作家でハンガリー出身のモルナール・フェレンツの戯曲『リリオム』(1909)について、ドイツ語に翻訳したオーストリア出身の作家アルフレート・ポルガーの影響をふまえつつ研究を行った。作品の舞台は本来ブダペストだが、ハンガリー語のテクストをモルナールと共同でドイツ語に訳したポルガーの手によって、あたかも舞台がウィーン、もしくは両者の区別が重要でないような虚構の空間を生み出している。これが非ドイツ系作家でありながらドイツ語圏においても故郷ハンガリーと変わらず活動することのできたモルナールのカカーニエン的世界観を表現していること、さらに「都市の名前に特別な価値を置かないでほしい」と述べたムージルのカカーニエン観とも重なり合うことを、ハンガリー語とドイツ語の表現を比較しつつ指摘できた。今回の研究は多言語が共存する中欧の文化を、ドイツ語圏の視点のみならず境を接する非ドイツ語圏の視点を含めつつ今後研究を進める方法を示したという意味でも重要である。研究成果は論文として『武蔵大学人文学会雑誌』第49巻第3・4号(平成30年4月刊行)に収められている。 研究は基本的に個人で行ったが、平成28年度にシンポジウムを行ったメンバーである前田佳一氏(お茶の水女子大)らとともに引き続きオーストリア文学に関する研究会を2ヶ月に一度のペースで行っている。上記論文についても同研究会で意見交換を行った。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
平成29年度の研究実施計画にもとづき、ムージルと同時代の非ドイツ系作家であるモルナールを中心に研究し、その内容を論文という形で平成30年4月に公表することができたため、おおむね順調に進展していると評価している。 また、平成28年に実施した日本独文学会での戦後オーストリアに関するシンポジウム(於関西大学)の発表内容を論文として加筆修正し、9月に研究叢書『「人殺しと気狂いたち」の饗宴あるいは戦後オーストリア文学の深層』(前田佳一編、日本独文学会研究叢書 Nr.126)として予定通り公表することができた。 さらに公刊予定の中央ヨーロッパに関する著書(タイトル未定、春風社)についても、オーストリア、チェコ、ハンガリーで資料を収集しつつ、執筆をつづけることができた。平成29年度中の公刊は見送られたため、さらに執筆を継続する必要があるが、研究全体の進捗状況には変化はないものと評価している。 研究を進めるにあたっては、武蔵大学図書館、東京大学図書館をはじめとする日本全国の図書館資料を利用するとともに、8月~9月にはオーストリア・ウィーンの国立図書館等で資料収集を行った。ただし計画では平成30年度の研究を円滑に進めるために平成30年春にも渡航予定だったが、学内業務のために渡航することができなかった。一部資料についてはオーストリア国立図書館の複写サービスを利用して補ったが、現時点ではオーストリアでの資料収集に若干の遅れが生じている。これについては平成30年夏の渡航計画を当初よりも延長することで補うことが可能と考えており、研究全体の進捗状況に大きな影響は生じないものと評価している。
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Strategy for Future Research Activity |
交付申請書にあるとおり、平成30年度はムージルの未完の主著である『特性のない男』構想と「カカーニエン」概念の成立過程との関係について研究を進める。計画上はムージルが第一次世界大戦当時所属していた戦時報道局において編集していた雑誌『故郷』における記述の分析等を通じて、主に1930年に『特性のない男』第一巻が発表されるに至るまでの作品生成過程を考察する予定だった。しかし平成28年よりムージルの最新版全集(Jung Jung社、全12巻)の刊行が開始され、1930年以降の『特性のない男』第二巻継続部分の遺稿について新たな編集がほどこされていることを確認した結果、「カカーニエン」概念についても第二巻継続部分の遺稿を取り上げながら分析をすることで、従来の研究との継続性を維持しつつ新たな視点が獲得できる見込みがついた。そのため具体的には1933年から36年に書かれた「カカーニエン」に関する草稿を中心に研究を行う。研究上新たに必要となる資料については、購入するか、日本国内およびウィーンの図書館で収集する。 今回取り上げる草稿では「カカーニエン的都市」としてムージルが青春時代を過ごしたチェコ・モラヴィアの中心都市ブルノについての考察が多くなされている。ムージル家の出身地でもあるモラヴィアでの経験は、「カカーニエン」概念を形成するうえで重要であったと考えられるため、この地方についての資料を収集するとともに、夏に現地に滞在して基礎研究を行う予定である。 研究成果については9月に開催される日本独文学会(於名古屋大学)にて口頭発表を行うほか、論文として公表を予定している。
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Causes of Carryover |
学内業務の予定で当初予定していた海外渡航を実施することができなかったことが、次年度使用額が生じた理由である。 未使用額は平成30年度請求額で実施する夏期現地調査費用の一部とする計画である。
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Research Products
(2 results)