2016 Fiscal Year Research-status Report
中世都市の食をめぐる諸関係の研究:修道院と魚・肉業者の関係を手がかりとして
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16K03125
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Research Institution | Keio University |
Principal Investigator |
舟橋 倫子 慶應義塾大学, 文学部(三田), 講師(非常勤) (70407154)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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Keywords | 中世史 / 修道院 / 史料学 / 女性 / 都市 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究においては都市ブリュッセル初期史の解明のため、13世紀前半の未刊行文書の調査と分析を行っている。計画作成時においては、都市住民に関する情報を修道院の旧文書庫所蔵の文書によって補完出来るという見通しを立て、修道院による都市家系を通じた食料供給ネットワークの解明に焦点を絞っていた。しかし、ベルギー研究者との議論と現地での調査によって、より具体的な研究状況と課題が明らかとなった。特にラ・カンブル修道院関連文書の網羅的な調査と研究の遅れが顕著であり、これによってブリュッセル都市住民と周辺状況の解明に決定的な欠落が生じているという問題が検出できた。 この問題解決のために現地での史料調査と分析を進めている。その結果、修道院史料は当初の研究課題の枠をはるかに超えて、修道院が都市住民の多様な社会的ニーズに柔軟に応えていたことを明らかにしている。注目すべきは検討対象の一つであるラ・カンブル女子修道院の「女子」という特性が男子修道院よりも広範な活動を支えていた可能性である。ラ・カンブルでは所領での食料生産から都市での施療院・貧民救済、さらには周辺住民の埋葬や死者供養にまで活動が及んでいる。また修道院を経済的に支える周辺俗人の女系ネットワークの存在も浮かび上がってきた。従って、当初計画した検討課題をより広範なコンテクストにおいて再設定する必要に迫られた。新たな課題は都市近郊の女子修道院が果たした社会的機能の解明とする。まず都市近郊の女子修道院が、農村に拠点を置く伝統的な修道院と都市を場として活躍した新しい修道院との間をつなぐ役割を果たしたことに着目する。次いで詳細な文書分析によって、周辺社会の多様な必要に応えた実態の解明と社会的機能の検討を行う。以上によってこれまで明らかにされてこなかった都市史の諸側面に新たな光をあてることが可能となる。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
当初の計画は、修道院旧文書庫所蔵の未刊行史料状況の調査と分析であった。しかし、計画作成時においては未完成であったDiplomata Belgica(DB)の1215年12月の公開によって研究環境は大きく変化した。DBとはヘント大学研究者を中心として1250年までの現ベルギー地域の文書史料を対象として作成され、現在も更新され続けているデジタルアーカイブズである。修道院文書史料の網羅的調査という本研究の基礎を、DBの有効活用によってどこまで効率的に進めることができるか、まずそれを検証することが急務となった。 DBを活用して研究対象とした修道院文書の予備調査を行った結果、以前よりもはるかに正確かつ網羅的に文書の追跡が可能となり、本研究の遂行にあたって確かな基盤を作ることができた。しかし、特にラ・カンブル修道院文書に多くの問題があることが判明した。研究代表者自身がすでに調査を終えた相当数の未刊行文書が未収録であったため、最新の成果であるDB網羅的な収集と調査の完成度に疑問が生じた。 従って、今年度のベルギー滞在において、まずはDBの編集責任者と当該修道院の担当者と面談して状況の説明を求めた。その結果ラ・カンブル文書は未だに調査継続中であり、文書の目録作成を始めとする網羅的な成果が達成されるめどは立っていないという現状が確認できた。次いで、市文書館での史料調査の実施によって、DBに収録されている約50通の文書に加えて、100通以上ものDB未収録オリジナル文書の所蔵と分類状況を確認し、各文書の撮影を行うことが出来た。この成果をもとに帰国後にオリジナル文書の目録を独自に作成しつつ、内容の分析を進めている。この成果をDBへフィードバックすることによって、ベルギー学会との双方向的な研究の進展が可能となる。
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Strategy for Future Research Activity |
今回の史料調査においてラ・カンブル修道院文書の全体状況が明らかとなった。今後は文書の内容分析を進めてゆく。そのためにはベルギーでの研究報告を通じて現地の専門研究者との議論を深め、論点を整理する必要がある。29年度はブリュッセル大学のアレクシイ・ウィルケン教授が主催する中世史研究会でのセミナー報告を当面の達成課題とし、フランス語による論文作成の準備とする。 また、都市近郊の女子修道院の社会的機能を解明するためには、周辺の女子修道院であるフォレ、ダム・ブランシュと呼ばれていた修道女集団やベギンについても検討する必要がある。従来の研究史において、これらの重要性が指摘されてはいるが、都市内部の宗教施設への研究関心の偏りと史料刊行の部分性という問題から検討が遅れてきた。またこれらの関連文書にはDBの適応範囲を年代的に超えるものも含まれている。従って、文書館において再調査を行い、未刊行文書の分析を進めることが必要とされる。フォレ修道院に関しては既に作業を開始している。まずは、計画作成時の課題として設定した魚・肉業者家系メンバーとの緊密な経済関係を確認することができた。殊に小教区教会の所有と教区民の埋葬の受け入れに代表される外部との関わり方において、ラ・カンブルとはかなり異なる性格が明らかになりつつある。また、ダム・ブランシュは改悛したもと娼婦たちの収容施設として始まっている。これらのブリュッセルを取り巻くように位置する修道院は、それぞれがかなり異なった性格を有していたことが想定される。都市住民達はそれぞれの必要に応じて、これらの施設との関係を取り結んでいたと考えられる。詳細な文書分析によって都市住民達との諸関係の実態を明らかにし、都市周辺の女子の宗教施設が全体として果たしていた社会的役割を浮かびあがらせることを目指す。
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Causes of Carryover |
外国での書籍の購入をクレジットカードで行ったため、使用明細書の発行が購入時から一か月遅れ、次年度にずれ込んだ。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
書籍の購入にあてる。
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Research Products
(2 results)