2017 Fiscal Year Research-status Report
中世都市の食をめぐる諸関係の研究:修道院と魚・肉業者の関係を手がかりとして
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16K03125
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Research Institution | Keio University |
Principal Investigator |
舟橋 倫子 慶應義塾大学, 文学部, 講師 (70407154)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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Keywords | 修道院 / 中世史 / 史料学 / 女性 / 都市 / 食 |
Outline of Annual Research Achievements |
中世盛期における都市ブリュッセルの発展は、先行する都市周辺の農業発展に支えられている。その中心は都市の軸となって南北に走るセンヌ河沿いの湿地帯であった。12世紀以降開発拠点に設置された三つの女子修道院(フォレ、グランビガール、ラ・カンブル)は都市有力家系と一体となって湿地の開発と未耕地生産を積極的に展開し、食料を始めとする多様な生産物を都市に供給していたと考えられる。史料的な欠如から研究の空白となっているブリュッセル初期史の解明において、これらの女子修道院の果たした社会・経済的機能が鍵となる。 なぜ男子修道院ではなく、女子修道院がこのような役割を果たすことができたのか。中世盛期まで修道女に対する統一的な規範が存在しなかったため、各地域の状況に応じた多様性が許容されていた。昨年度において、男性を積極的に受け入れたフォレとグランビガールに特有の柔軟性を具体的に検証することができた。両団体は男子修道院アフリヘムの女子分院であったため、農村で所領経営を行うアフリヘム修道院の都市社会への窓口として機能していた。本院から派遣された修道士団と分院の修道女達は協力して外部社会との対応と所領の経営にあたっていた。さらに両女子分院は広大な所領を持ち、周辺農村から都市へ向かう多くの男女を内部の労働力として活用していた。 修道院内部には明確なヒエラルキーが存在し、有力家系出身の修道女達は少数の特権的存在であった。出身家系との仲介役となって修道院を支えるため、彼女達には入会後も個人的な活動が認められていた。その行動は時に修道院の枠を超え、出身家系との協同によって私有財産の保持と運営が行われることもあった。また、死者供養に代表される貴族家系において女性に割り当てられてきた役割を果たすことも求められた。女子修道院は多様な人々から成る総合的な団体として都市周辺社会のニーズに細かく対応していたことを実証した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
修道女・女子修道院に関しては研究の遅れが指摘されてきたが、近年めざましい進展がみられた。その典型例として挙げられるのが、昨年フランスのヴィエンヌで3日間に亘って行われた修道女をテーマとする国際研究集会である。男子修道院とは異なる女子特有の社会的機能に着目したこの研究集会に出席し、報告者達と活発に意見交換を行うことによって、日本では全く紹介されていない女子修道院研究の成果と課題について総合的な見識を持つことができた。特に、出身家系と修道女との個人的な関係が維持されるという女子修道院の特性を踏まえた上で、女子修道院と外部社会との関係、修道院内の男性と女性の関係に留意しながら研究をすすめることが、課題の達成に不可欠であることが認識できた。 さらに、最新研究に基づく情報収集の結果、ブリュッセル地域を含む低ロタリンギアにおいて、二重修道院から女子参事会への移行という独特の現象が進行していたことも明らかとなった。フォレとグランビガール修道院史料の情報の中で、取り扱うことが難しかった修道女の私有財産の保持と個人的な行動という問題により柔軟なアプローチができるようになった。 このような最新の研究状況を考慮すると、第一線の研究者達の前でこれまでの研究成果を報告し、意見交換を行う必要性を痛感した。幸いにも、ヴィエンヌ研究集会の主催者の一人であるアラン・ディルケンス教授の主宰するブリュッセル大学中世文化史講座・公開講演会において、フォレとグランビガール分院の修道女について講演する機会に恵まれた。そこでは修道院史の専門家であるウィルキン教授に加えブリュッセル地域史の専門家であるド・ワハ教授を始めとする出席者達と、テーマの社会的意義、分析視角の妥当性、史料分析に関する専門的な質疑応答を行うことができた。この成果によって、課題の遂行に必要な作業を明確にすることができた。
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Strategy for Future Research Activity |
昨年度までに、女子修道院に関する学界動向と、ブリュッセル周辺地域の3修道院(フォレ、グランビガール、ラ・カンブル)の内2修道院についての実態調査がほぼ終了した。今後は日本で全く知られていない、女子修道院についての学会動向を紹介する論文を作成するとともに、昨年度にブリュッセル大学での報告内容をフランス語論文にまとめ、ベルギーでの刊行を目指す。 さらに、残る修道院ラ・カンブル文書についての検討を進める。当該文書史料はその殆どが未刊行文書であり、これまでの独自の調査によって、デジタルアーカイブズDimlomata Belgicaに収録されている48通のラ・カンブル文書に加えて、約100通ものDB未収録のオリジナル文書の存在を確認した。今後は、写真撮影を完了しているこれらの文書の目録の作成と内容の分析を進める。 研究課題である「中世都市の食をめぐる諸関係の研究:修道院と魚・肉業者の関係を手がかりとして」に応えるために必要不可欠となったのは、都市周辺に所在する女子修道院と周辺社会との関係の検討であった。ブリュッセル地域の女子修道院の果たした社会的役割の総合的な分析は今回の科研の枠を大きく超えており、なおかつラ・カンブル史料の分析に技術的な困難が伴うことも予想されるため、研究期間終了後も研究の継続が必要となる可能性が高い。従って、本年度中はその成果報告の第一歩として、研究課題として設定した「中世都市の食をめぐる諸関係の研究:修道院と魚・肉業者の関係を手がかりとして」に応えるために、人的ネットワークと生産の実態を示す情報を女子修道院と有力家系の関係から抽出して分析する。あわせて史料から自然災害や人口増加による環境変化、麦角病等の食に関わる問題の情報を検証し、修道院が関係者とともに中世盛期の食をめぐる諸問題にどのように向き合っていったのかを分析し、その成果を論文によって公開する計画である。
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