2016 Fiscal Year Research-status Report
英国権利章典をめぐる憲法政治と憲法理論に関する比較憲法的研究
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16K03288
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Research Institution | Nagoya University |
Principal Investigator |
愛敬 浩二 名古屋大学, 法学研究科, 教授 (10293490)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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Keywords | 比較憲法 / イギリス憲法 / 英国権利章典 |
Outline of Annual Research Achievements |
2016年2月にキャメロン首相(当時)がEU離脱レファレンダムの実施を決定したため(同年6月実施)、EU離脱問題がイギリスにおける憲法政治・憲法論議の中心となったため、1998年人権法を廃止し、ヨーロッパ人権条約(ECHR)からの司法的独立性を確保するという英国権利章典の論議は沈静化した。そこで、EU離脱をめぐる憲法論議、とりわけ、EU離脱の方法に関して憲法判断を行った高等法院と最高裁の判決の分析を行った。また、これらの判決をめぐる現地の公法学者の議論状況を調査・分析した。その研究成果の一部を、日本の最高裁の統治行為論の分析に生かすことができた(愛敬浩二「『統治行為』諸論の批判的検討」論究ジュリスト21号(2017年)28-34頁)。 英国権利章典論議の問題については、EU離脱レファレンダムの実施が決定される前の政治論議と憲法学説の動向について、資料・文献の収集を行い、コモン・ローの観念に訴えて司法権の強化を訴える論者(John Laws)が、英国権利章典論者と同じ内容の提言をしていることを明らかにし、コモン・ロー立憲主義の問題点を検証した。その研究成果の一部を論文としてまとめた(愛敬浩二「奥平憲法学とコモン・ロー立憲主義――「生ける憲法」という思想と方法」2017年内に公刊予定)。英国権利章典論議をめぐるコモン・ロー立憲主義論者の間の分岐という問題は、平成29年度も継続的に研究する予定である。 2017年2月に連合王国に出張して、EU離脱問題と英国権利章典論議に関わる資料・文献の収集と現地の憲法学者(Keith Ewingロンドン大学キングズ・カレッジ教授等)に対する聞き取り調査を行った。また、EU離脱レファレンダムに関わる、John McEldowneyウォリック大学教授とChris Himsworthエディンバラ大学名誉教授の論文を翻訳して公刊した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
EU離脱問題がイギリスの憲法政治・憲法論議の中心になったため、英国権利章典論議は現在沈静化している。しかし、テリーザ・メイ首相はもともと、テロ対策の責任者である内務大臣としての経験から、EU離脱よりも、英国権利章典の制定(1998年人権法の廃止)を重視していた。よって、英国権利章典論議はEU離脱問題と並走するかたちで今後も議論されるものと考えられる。 以上の理解の下、平成28年度はEU離脱問題を憲法学、とりわけ比較憲法学の基礎理論の構築という観点から検討した。その結果、イギリス憲法に固有な問題状況に応分の注意を払いつつ、現代立憲主義憲法に普遍的に通用する諸問題を検討するという本研究の所期の目的は十分に達成されつつあると評価する。 英国権利章典論議に関する資料・文献は研究論文だけではなく、政党関係の資料や新聞記事等も広く収集することができた。また、現地の憲法学者に対する聞き取り調査によって、現在の議論状況についても見取り図を得ることができた。 よって、英国権利章典論議の沈静化という状況にもかかわらず、ヨーロッパとの関係でのイギリスの人権保障の水準に関する憲法論議を分析し、その「固有性」と「相対性」を析出して比較憲法研究の基礎理論を構築するという、本研究の課題はおおむね順調に進捗していると評価できる。
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Strategy for Future Research Activity |
研究は基本的に、文献解読にもとづく個人研究であり、その研究を通じて得た私見を現地の憲法学者との議論を通じて必要な修正を加え、論文等のかたちで研究成果を公表するものである。 英国権利章典論議とEU離脱問題を踏まえた憲法理論の動向を調査・分析に着手する。その際、前者の問題(ヨーロッパ人権条約体制への評価)に重点を置いて、公法学者・実務法曹の著書・論文を検討する。 平成29年度は主に、英国権利章典論議等による政治的憲法論(裁判所による人権保障でという考え方を批判し、国会=民主過程による人権保障を擁護する議論)のさらなる分岐(あるいは解体?)の状況の調査・分析を行う。特に、代表的な政治的憲法論者でありながら、英国権利章典の導入に反対するため、政治的憲法論の提唱者であることを止め、政治的憲法と法的憲法の中間を支持する「混合憲法論」を提唱しているAdam Tomkinsと、グローバル市場経済に抗して社会福祉立法を擁護するため、国会主権原理の再構築を唱えているDanny Nicolの憲法論を集中的に検討する。平成29年度中に渡英し、TomkinsやNicol等の憲法学者に聞き取り調査を行う予定である。 平成30年度は、裁判所による人権保障を擁護する政治的憲法論について、同様の観点からの調査・分析を行って、全体としての研究成果をまとめる計画である。
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Causes of Carryover |
当初は2016年9月の英国出張を予定していたが、所属部局の副研究科長の職にあり、大公務との関係で出張する時間を確保できなかったため、2017年2月の出張を計画したところ、予想よりも安い航空券を手配できたため、その時点で差額を使って洋書を注文したが、年度内に納品がなかったため。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
昨年度末で副研究科長の任期を終えたため、今年度は計画的に研究費を使用できるものと考える。昨年6月のEU離脱レファレンダム実施以降、EU離脱問題(Brexit)に関する文献がイギリスで大量に公刊されていることもあり、昨年度の残金については、図書(特に洋書)の購入に充当する計画である。
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