2018 Fiscal Year Research-status Report
EUにおける社会的排除とシティズンシップに関する研究
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16K03509
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Research Institution | Takushoku University |
Principal Investigator |
細井 優子 拓殖大学, 政経学部, 准教授 (60638633)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2020-03-31
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Keywords | EU / 社会的排除 / シティズンシップ / 社会政策 / ワークフェア / 貧困 |
Outline of Annual Research Achievements |
平成30年度の研究成果は2本の論文にまとめ発表した。
論文は「ヨーロッパにおける社会的排除―概念整理の試み―」では、ヨーロッパの政治的・学問的議論において注目されている「社会的排除」概念が、その重要さにもかかわらず明確な定義がなされていないという問題を指摘した。その上で、論者によってさまざまに用いられている言説やパラダイムを整理し、特に「貧困」概念との比較から「社会的排除」概念の輪郭を明らかにすることを試みた。さらに、多くの欧州諸国において社会的排除概念はEUによって輸入されたものであるが、そのEUの社会的排除の考え方はフランスとイギリスにおける同概念に影響を受けていることを指摘した。そして、フランスでは国家がその責任において排除された者の社会的・職業的な包摂を支援するという視点で論じられるのに対して、イギリスでは個人が経済的自立に責任を負い、国家はそれを支援するという視点で論じられていることも明らかにした。
論文「EUの社会政策にみる社会的排除」は、EUの社会政策からその社会的排除概念を明らかにした。EUの社会政策に関する一連の文書から、EUによる社会的排除・包摂の概念は主として貧困対策や雇用政策によって語られてきたことが明らかになった。従来の物質・貨幣の多寡を問題とする貧困概念に比べて、社会的排除概念は、社会関係・つながりを問題としている。EUでは単に社会給付により失業者や貧困者の物質的不足を補うのではなく、彼らが仕事をすることによって社会とのつながりを持てることが重視されている。リスボン戦略では雇用政策が重視されており、雇用能力を高めることによって労働市場への参加率を高めるという積極的労働市場政策の考え方が中心に据えられている。リスボン戦略の「欧州社会モデルの近代化」には、「人びとに投資し能動的な福祉国家」をつくるという理念が埋め込まれていることを明らかにした。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究課題「EUにおける社会的排除とシティズンシップに関する研究」の目的は、EUにおける「社会的排除」から「シティズンシップ」を明らかにすることである。これまで、研究代表者は、社会的排除概念に関する文献調査を中心に、欧州委員会を訪問して社会的排除をめぐる政策等について聞き取り調査を実施してきた。 その結果、EUの社会的排除の考え方はフランスとイギリスにおける同概念に影響を受けていること、従来の「貧困」概念が物質・貨幣の多寡を問題とするのに対して、「社会的排除」概念は社会関係・つながりを問題とする、より多次元的かつ動的な概念であるということを明らかにした。そして、EUによる社会的排除・包摂の概念は主として貧困対策や雇用政策によって語られてきたことを明らかにした。 その背景には、社会の高齢化が進む中で、欧州社会モデルの理念を継続するために、社会保護に依存する立場の人数を減らし、支える立場の人数を増やす必要があるという事情があった。そして、EUは「福祉から労働へ」の政策転換をしてきたことを明らかにした。それは国際的な経済・雇用情勢の悪化に伴い、福祉と就労をめぐる関係の再編として注目を集めるようになったワークフェアにつながっていることを明らかにした。 ここから、マーストリヒト条約に規定されているEU市民権の内容ではなく、実質的なEUのシティズンシップとはいかなるものかを明らかにするという課題を残しているが、それまでの研究はおおむね順調に進展しているといえる。
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Strategy for Future Research Activity |
上記の「これまでの研究実績」と「現在までの進捗状況」から、「今後の研究の推進方策」を次のように考えている。 ①EUのワークフェアはアメリカのワークフェアとどう違うのか。EUの社会的排除・包摂の取り組みを見ると、社会的排除をめぐる典型的な議論のように、EUは社会的排除を「失業」への過程、社会的包摂を「就労」への過程ととらえているように見える。それは国際的な経済・雇用情勢の悪化に伴い、福祉と就労をめぐる関係の再編として注目を集めるようになったワークフェアにつながっていることをすでに明らかにした。しかし、失業給付や公的扶助の受給資格として一定の就労義務を賦課するワークフェアは、アメリカやイギリスのような新自由主義レジームで特徴的に見られるものである。従来、「社会的ヨーロッパ」を標榜するEUは、その対極にあったはずである。今後の研究では、リスボン戦略でEUが目指す「欧州社会モデルの近代化」には、「人びとに投資し能動的な福祉国家」をつくるという理念が埋め込まれているが、それはアメリカなどの新自由主義レジームのワークフェアとどう異なるのかを明らかにする必要がある。 ②EUの実質的シティズンシップをいかに評価するべきか。EUのシティズンシップは、一義的にはマーストリヒト条約に規定されたEU市民権つまり法的なシティズンシップだと考えられる。しかし、実際にはEU市民権をもつ人の中にも社会から排除されている人がおり、本研究はそれを実質的なシティズンシップとして社会的排除概念からそれを明らかにすることを目的としている。これまでに明らかになった労働市場への参加によるシティズンシップを、従来のヨーロッパにおけるシティズンシップ論に照らしていかに評価すべきかを評価する必要がある。
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Causes of Carryover |
平成30年度は、本務校である拓殖大学の政治経済研究所から研究課題「ヨーロッパにおける社会的排除の類型」で500,000円の研究助成金を獲得することができた。その研究課題を遂行するために購入した文献は、本研究課題における「社会的排除」概念を研究するための文献研究にもかなりの部分で応用ができるものであった。そのため、本研究課題に対する研究助成金(物品費)が当初計画よりも低く抑えることができた。
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