2019 Fiscal Year Research-status Report
国際経済秩序と平和に関するカール・ポランニーの制度主義的アプローチの展開
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16K03577
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Research Institution | Osaka City University |
Principal Investigator |
若森 みどり 大阪市立大学, 大学院経済学研究科, 教授 (20347264)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2021-03-31
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Keywords | カール・ポランニー / ギャレス・デイル / 非ユダヤ的ユダヤ人 / 経済思想史 / アーカイブズ研究 / 社会的連帯経済 / 現代的再構築 / 擬制商品諸市場 |
Outline of Annual Research Achievements |
主たる2019年度の研究実績は2つにまとめられる。 ひとつは、国際的なカール・ポランニー研究史の蓄積を踏まえた、初の本格的ポランニーのギャレス・デイル著『カール・ポランニー伝』(平凡社、2019年7月)を公刊できたことである。ポランニー研究の諸段階とデイルのポランニー研究史に関する詳細な解説を付した。デイルの膨大な調査(アーカイブズ研究だけでなく、対面式・メール・電話インタビュー等)によって、33歳までポランニーが過ごしたハンガリーでの思想形成と彼に影響を与えた、マンハイムやルカーチや弟のマイケルなど同世代の「非ユダヤ的ユダヤ人」集団における「知的交流」が明らかになった。 第二に、カール・ポランニーと社会的連帯経済というテーマで、日本協同組合学会で招待講演を行い、パネル・ディスカッションに参加し、それをテーマに執筆する機会を得た。1987年以降のカール・ポランニー研究(アーカイブズ研究、新たな論文集の公刊、ポランニー受容の新しい潮流など)の要点を紹介しつつ、市場経済(その行き過ぎた展開がもたらす、擬制商品諸市場を舞台とする衝突、国際紛争、人間の自由を否定した経済国家である全体主義的な変局)を批判的に分析したポランニーの現代性に言及した。 カール・ポランニー研究は、モントリオールにカール・ポランニー政治経済研究所が設立されて以降、アーカイブズ研究が飛躍的に進展してきた。しかし、デイルが解明したハンガリー時代の研究成果によって大きな節目を迎えている。ポランニー研究は、本格的な思想史研究に変貌してきただけでなく、21世紀にあって「現代的再構築」に向かい始めている。代表者は、この二つの国際的なポランニー研究の節目を、2019年度の研究実績を通して、確認した。協同組合学会での報告と議論によって、「現代的再構築」の方向へ大きく踏み出すことができた、と考えている。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
2016年から開始したギャレス・デイルによる初めてのポランニーの伝記的研究の成果を翻訳・刊行する作業には、当初の予想をはるかに超える膨大な時間とエネルギーを要した。丸三年間を費やしたが、この公刊をもって、21世紀のトマスベルガーとカンジャーニが推進したポランニーのアーカイブズ研究がまだ空白部分としていた、ポランニーの「ハンガリー時代」の解明を行ったデイルが新たに切り開いた2010年以降のポランニーの国際研究の動向を追跡し、重要な研究の要点を確認することができた、と考えている。 デイルを通して、ハンガリー出身の亡命者が世界戦争にいかに巻き込まれていったか、それぞれの境遇でいかに知識人となったか、ポランニー兄弟についていえばファシズム占領下のなかで母国やオーストリアに残してきた親族への経済的支援や脱出の試み(亡命枠の割り当ての厳しさ)と失敗の経験、ポランニー夫妻についていえばイギリスの市民権を運良く得ることができて「敵国人」として収容されることを免れ渡米し『大転換』を書く唯一の機会を与えられたこと、などが明らかになった。赤狩りの影響を諸に受けた第二次大戦後の家庭と研究生活、亡命者コミュニティーの政治的利用が弟マイケルとの関係悪化の背後にあった、アメリカ知識人の右傾化にパーソンズが関与したことなど、今後さらに解明すべき論点が提示されたともいえる。 また、ポランニーの現代性をどう再構築するか、ということに関するポランニー研究のいくつかのアプローチがある。新自由主義の対抗軸、全体主義への対抗軸としてのポランニーの現代性は、今後の研究のなかで再確認されるべき要点である。社会的連帯経済、コモンズ、コモニングといったテーマと対話させながら、ポランニー思想や理論を再構築するポランニー研究の方向性も、確認することができた。
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Strategy for Future Research Activity |
2つ推進の方向性を考えている。 第一は、デイルが急速に進めた2010以降の10年間のポランニー研究の成果について、とりわけ『カール・ポランニー伝』で提示された、20世紀の思想史・知性史研究についてのいくつかの重要な研究プロジェクトの方向性を、示すことである。 第二は、ポランニーの命題―「市場経済と繁栄と民主主義と自由と平和は、緊密に分かちがたく結びついている」と想定する「市場ユートピアの幻想」が、人類を危機に陥れる危険を見えなくしている―についての、現代的再構築である。 ポランニーは、市場ユートピアの思考が継続するなかで急速に進展するテクノロジー文明のよって、社会の全体主義的傾向が強まったり、人間性そのもの根源を破壊するような生活様式を相互に強要したり、人類と地球そのもの生存を危機に陥れる可能性を、警告していた。市場経済とテクノロジー文明をどう制御するかという問題は、ポランニーの未完の問いでもある。 この問いは、第二次世界大戦後の国際的なパワーバランスが崩れ極めて不安定な国際秩序のもとにある21世紀において、同時に、気候変動など地球と人類の生存基盤への大きな危機と人工知能やモノのインターネットなど急速な技術変化および生活様式の転換とが進行しつつある21世紀において、改めて問われ、そして問そのものが再構成される必要があるだろう。SDGsが(理想ではなく)社会の現実の重要な要素となっているといえる。社会的連帯経済、(オストロムの提唱した)コモンズ論などは、ポランニーの思想と深く共鳴するものでる。コモンズ論や社会的連帯経済の思想的次元を、ポランニーの現代性(現代的再構築)という観点から構築する方向性も、重要であるだろう。
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Causes of Carryover |
2019年5月の協同組合学会では、招待講演のため負担が生じなかった。また、最終年度を延長することを述べた提出文書の理由によって、2019年1月に決まっていたアメリカ、ニューヨークのニュースクールで開催された国際学会(SASE)への参加をキャンセルせざるを得なくなった。同様の理由から、6月以降の出張が困難となり、また、研究継続のために研究補佐のサポートを受ける必要が生じた。ただし、イギリスのブルネル大学のギャレス・デイル氏との研究はメールで行ったため、金銭的負担は生じなかった。
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