2018 Fiscal Year Research-status Report
社会的混乱による利子率のリスクプレミアム拡大が小国開放経済に与える影響とその対策
Project/Area Number |
16K03683
|
Research Institution | Kansai University |
Principal Investigator |
鈴木 智也 関西大学, 経済学部, 教授 (40411285)
|
Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2020-03-31
|
Keywords | 小国開放経済 / 金融政策 / インフレ・ターゲティング / 利子率 / 景気循環 |
Outline of Annual Research Achievements |
17年度は政府部門の無い小国開放経済型の実物的景気循環モデルで紛争国あるいは紛争経験国における景気循環の特徴を分析し、18年度はそれらの国で景気循環を抑えるために有効な政策ルールを調べた。政策ルールをモデルに導入するため、小国開放経済型のニュー・ケインジアン・モデルを用いた。具体的には、景気循環が無い仮想的な世界での消費者の生涯効用とデータから推定された実際の消費者の生涯効用を比べて、景気循環で生涯効用がどの程度減少するかを調べた。18年度の研究では、固定為替相場制から変動相場制下のインフレ・ターゲティングに移行した場合、景気循環の費用がどの程度違うのかをシミュレーションした。当初の計画では南アフリカを事例とする予定だったが、南アフリカは通貨の交換レートを周辺国の通貨と固定しているものの、アフリカ南部では大国であるので、この国に対して小国開放経済モデルを使用することは適切でない。そこで、自国通貨をインドの通貨に固定しているネパールを選んだ。ネパールはインドに比べて経済規模が小さいので、ネパールに対して小国開放経済モデルを用いることは適切である。また、ネパールは1996年から2006年まで内戦状態にあり、本研究の対象にふさわしい。インフレについてみると、先行文献からも簡単なデータ分析からも、ネパールの物価はインドの物価に左右されていることがわかる。隣の大国から輸入されるインフレを止めるためには、中央銀行が変動相場制下でインフレ・ターゲティングを導入することが考えられるが、新興国でインフレ・ターゲティングを導入すると利子率の変動が大きくなる可能性が先行文献で指摘されている。その指摘通り、シミュレーションの結果、変動相場制下のインフレ・ターゲットの導入によって、利子率の変動が大きくなり、それに伴って消費の変動も大きくなるため、景気循環の費用が増大することが判明した。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
小国開放経済モデルを用いて、利子率のリスク・プレミアム変動に着目しながら、景気循環を抑える政策ルールを調べることが18年度の計画だったので、その意味では概ね順調であったといえる。 また、17年度に行った研究では、紛争国あるいは紛争経験国においては、利子率のリスク・プレミアムの変動よりも人材流出の変動のほうが景気への影響が大きいと判明してきた。流出する人材は通常は移民であるが、紛争国の場合、人材流出には移民と難民がある。本研究の論文に対する査読コメントでも、移民と難民を区別するべきではないかというものがあった。一方、主にインターネット上でみられる意見ではあるが、難民申請者は難民に偽装しているだけで本当は経済移民なのではないかというものがある。そこで、18年度は上記のような政策ルールに関する研究と並行して、紛争国であるアフガニスタン、イラクおよびシリアから欧州各国への難民申請者が経済的な理由に基づいて移住先を選んでいるのかを一般化線形モデルを用いて調べた。これは研究計画には盛り込まれていない内容である。 その結果であるが、難民申請者は出身国の失業率が高まると有意に増えるが、申請先の国の経済状況には有意に反応していないことがわかった。これは、失業率の悪化は自国を離れる動機になるが、経済的により豊かな暮らしを求めて移動するわけではないことを意味する。この結果は移民に関する先行研究と対照的である。むしろ、難民申請者の数は文化的な違いを表す変数に有意に反応していることも判明した。難民申請者の好む社会の条件は、権力の集中がなく、既存の社会への同化が強く要求されず、他者への思いやりが美徳とされるような社会である。したがって、上述のようなインターネット上で散見されるような難民申請者を経済移民として扱うべきという意見は否定されることになった。
|
Strategy for Future Research Activity |
上述のように、ネパールのデータを用いて、紛争国で変動相場制とインフレ・ターゲティングを導入すると景気循環の費用が増大することをシミュレーションで明らかにした。しかしながら、そのメカニズムはブラック・ボックス化してしまっている。19年度の研究では、インフレ・ターゲティングが紛争国でうまくいかなくなるメカニズムを明らかにしたい。その際、注目するのは移民による海外からの送金である。ネパールはGDPの30%に相当する海外送金を受けている。本基金の助成を受けて書かれた論文では、ネパールだけでなく、南アフリカ、セルビア、スリランカといった紛争国および紛争経験国では、多くの人材が国外に流出した結果、彼らが自国に残した親族に送金するため、海外送金の流入が多い。こういった海外送金がインフレ・ターゲティングの成功を阻害するのではないかというのが19年度に検討する仮説である。ごく単純に一側面を取り上げると、たとえば国内で景気が過熱してインフレが起こり始めた場合に中央銀行が金融引き締めをすると、景気悪化を見越して海外から送金が増えて自国の居住者の所得を増やすため、景気の引き締めがうまくいかず、結果的に大きく利子率を引き上げざるを得なくなるなるのではないかと考えられる。その一方で、海外からの送金の流入は自国通貨を増価させるので、そういった名目為替レートへの影響も考慮に入れなくてはならない。19年度は海外送金をモデルに導入して、小国開放経済ではインフレ・ターゲティングがうまくいかないメカニズムを明らかにしたい。 また、それと並行して、研究計画にあるように、大国どうしを想定して二ヵ国モデルを用いて、紛争国を隣に抱える国が隣国からの経済的な影響を遮断するための政策ルールについての分析も行う。
|