2018 Fiscal Year Research-status Report
Project/Area Number |
16K03829
|
Research Institution | Kyoto Women's University |
Principal Investigator |
西尾 久美子 京都女子大学, 現代社会学部, 教授 (90437450)
|
Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2020-03-31
|
Keywords | 人材育成 / 事業システム / 伝統的文化専門職 / 能楽 / キャリア / キャリアの節目 / ディベロップメンタル・ネットワーク / 一皮むけた経験 |
Outline of Annual Research Achievements |
今年度は、能楽の公演を企画し運営責任を負うことが多いシテ方の能楽師の人材育成と事業システムに焦点をあてて、研究を行った。江戸時代から継続する家系の能楽師、一門の重責を担う人間国宝の能楽師とその後継者など、組織運営に関して責任をもちかつ技能レベルの高い調査協力者を得て、技能発揮の場面である公演の参加観察調査やインビュー調査を行った。 調査結果から、能楽師が高度なスキルを獲得するキャリア形成のプロセスにおいて、いつ・どこで・どのような「一皮むけた経験」を有するのか明らかにした。能楽師の一皮むけた経験は、3つの時期に4種類がある。①内弟子時代に技能育成環境の変化に直面すること、②30代ごろからの自分なりの技能を磨く時代にオリジナリティをどのように獲得するのかの模索、③基礎技能を自分のものとして腑に落ちた会得した経験、④キャリア後期にさらに新しい境地を獲得する楽曲に挑戦すること、である。指導育成の責任者である師匠にキャリア形成のプロセスに応じた一皮むけた経験は意識され、それを促すような指導もなされている。 さらに、入門時の師匠と弟子の関係性を核に、キャリア形成に応じて意図的にディベロップメンタル・ネットワークの広がりが形成されることを発見した。最初の師匠が弟子のキャリア形成に応じて、宗家や一門の核になる能楽師など業界で影響力を有する能楽師へ自らの弟子を内弟子として送りだすことがある。その結果、弟子は新たな師匠から指導を受けるだけでなく多様な舞台経験を踏むことができ、さらにこの新しい師匠のもとに形成される内弟子のネットワークを通じて同世代の若手能楽師と関係性を構築することができ、自主公演での連携など技能育成を磨く機会の充実につながっている。 得られた研究成果や知見を発表し、専門家と意見交換を行い今後さらに研究を深めるために、学会発表3回(内1回は海外)と論文執筆(1本)を行った。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
おおむね順調に進展している。 理由:平成30年度は平成28・29年度の調査協力者の能楽師との連携を強化して調査を進めることができた。具体的には、良好な関係にある調査協力者の協力を得て、人材育成のポイントの「一皮むけた経験」について、複数の能楽師から深い語りの聞き取りを得ることができた。技能の進捗にかかわるデリケートな質問に関して、自らのキャリア形成の歩みを振り返りつつ、真摯かつ率直に経験を聞かせていただくことができたことは、調査研究上大きな進展であった、また、継続的な協力関係を有する能楽師以外の他の能楽師に関しても、キャリア節目の公演の場での参加観察など調査研究を展開することができた。 その結果、シテ方能楽師の一皮むけた経験とキャリア形成との関連性を明らかにすることができた。能楽師の師匠は自らの専門職としての技能育成の歩みの経験をもとに、弟子の今後のキャリア形成のために他の能楽師のもとへ弟子を送りこむ等、公表されている文献では明確に記されていない点について、明らかにすることができた。 また、平成29年度に明らかにした明治時代以降の能楽師という専門職組織間の連携の変化「ヒエラルキーからネットワーク型へ事業システムが移行」している点と、能楽師の人材育成との関連性について、宗家など影響力の強い師匠へ内弟子として送る仕組みが能楽師間に新たな連携を生み出し公演で多様な企画が成立している点で関連性を有していることを明らかにすることができた。しかし、いつごろからどのように変化したか等詳細までは、探求できなかった。 一方で、キャリア形成のポイントのである一皮むけた経験について、シテ方以外の能楽師(ワキ方、狂言方、囃子方)の実情はどのようなものであるのかについては、詳しく明らかにすることができなかった。 このように平成30年度は研究計画に基づき、順調に研究を進めることができた。
|
Strategy for Future Research Activity |
平成28~30年度の調査研究で協力を得られたシテ方能楽師の調査協力者との良好な関係性をもとに、今後も継続的に調査を行う。 まず、ディベロップメンタル・ネットワークの形成の実情、キャリア形成のプロセスに応じたその形状の変化とキャリア形成との関連性について探求し、伝統的文化専門職が技能をどのように獲得していくのか、専門的技能だけでなく組織運営や顧客マネジメントに関する点についても、専門職同士の連携やその連携の結果として成り立つ公演の実情も考慮して研究を進める。 また、平成29・30年度の調査研究で明らかになった専門職間の連携という事業実施のための新しいネットワーク形成が生じたことと、旧来から存在する宗家という制度との関連性について宗家(家元)に関する先行研究を踏まえて研究を進める。調査協力者の能楽師の中に、宗家預かり(技能レベルの高い能楽師が血縁に関係なく事実上の宗家としての役割を果たしている状況)の流儀の方がおり、現在の宗家の在り方が変化している可能性があるため、先行研究で検討された宗家の有する人材育成や事業システム上の機能と現在の宗家とを比較検討する予定である。 さらに、初期キャリアと中期以降のキャリア形成において一皮むけた経験に違いがあること(経験がどのように生じるのか、その経験が生み出す変化等)が平成30年度の調査研究から明らかになったため、課題の楽曲やその披露の場である公演の設定に注目して、中堅や重鎮のシテ方能楽師へのインタビュー調査や公演の参加観察調査を行い、能楽師が自らの技能育成上の課題をどのように意識し、それをどう乗り越え技能レベルの向上を果たしているのか、さらに、公演のチケットを購入する顧客との関係性構築や価値共創に関しても調査研究する予定である。 これまでの研究成果と今後の研究の成果を横断的に考察し、能楽師の人材育成と能楽の事業システムとの関連性を探究する。
|
Causes of Carryover |
平成31年3月の海外学会で報告し、参加者と意見交換した結果を踏まえて研究成果を論文にまとめ海外ジャーナルに投稿するために補助事業期間の延長が必要である。また、研究成果をより精緻なものにするために、能楽師の人材育成と事業システムに関して、追加の参加観察調査とインタビュー調査を実施することも延長の理由である。
|