2016 Fiscal Year Research-status Report
80年代ドイツ学校教育改革と教育的教授論の関係に関する実証的研究
Project/Area Number |
16K04499
|
Research Institution | Soka University |
Principal Investigator |
牛田 伸一 創価大学, 教育学部, 教授 (90546128)
|
Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2019-03-31
|
Keywords | ヘルバルト / 教育的教授 / 教育への勇気 / 解放的教育学 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究の目的は、ヘルバルト(Herbart, J. F.)の教育的教授(erziehender Unterricht)論がドイツのノルトライン・ヴェルトファーレン州(以下、NRW州と略す)においてばかりでなく、バーデン・ヴュルテンベルク州(以下、BW州と略す)やバイエルン州(以下、BY州と略す)においても、1980年代のカリキュラム改革を牽引する理論的参照先だったことを明らかにすることであった。 さらには、本研究の目的は、BW州ならびにBY州による教育的教授の解釈とNRW州によるその解釈はまったく対照的だったことを究明するとともに、その違いを生み出した出所には、1978年開催のボン・フォーラム「教育への勇気」における徳やその教育の考え方とドイツ教育学会による同フォーラム反対声明におけるそれらの考え方との間の根本的な差異があることも明らかにすることであった。 この目的を達成するために、まずは平成28年度には、「教育への勇気」とその反対声明の具体的な中身を、その時代背景をスケッチしながら精読するとともに、そこでヘルバルトと彼の教育的教授がどのように解釈されていたのかを追跡することにした。さらには、反対声明の作成にかかわった研究者に聞き取り調査も実施した。 こうした研究遂行から浮き彫りになったことは、次の3点である。 1つは、「教育への勇気」の主張は、当時の解放的教育学(emanzipatorische Paedagogik)の隆盛に対抗したものであったということである。二つ目には、「教育への勇気」に親和的な保守論客(たとえば、ブレツィンカ(Brezinka, W.))によるヘルバルトと彼の教育的教授の解釈は極めて保守的であったことが挙げられる。それゆえ最後に、反対声明の立場にある研究者による教育的教授の解釈は、「教育への勇気」のそれとは対照的である可能性が高いことが指摘される。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
当初の研究計画においては、1980年代のNRW州、BW州、そしてBY州のカリキュラム改革において教育的教授論が果たした役割を、学習指導要領や審議会記録などの一次資料を収集精読することによって究明することが予定されていた。 しかしながら、研究が進捗する中で、まずは当時の時代背景やその思潮をスケッチする必要性が認識された。なぜなら、学習指導要領や審議会記録などにも、そうした当時の社会に浸透していた時代的観念が、肯定的にせよあるいは否定的にせよ埋め込まれていると考えられたからである。それゆえ、当初の予定が一部修正され、1970年代から80年代に続く時代背景とその思潮を把握する、という回り道に研究時間を割くことになった。ここに「やや遅れている」と評価される理由がある。 ただし、この「回り道」は今後の研究を進める上で有益でもあった。なぜなら、「教育への勇気」を解放的教育学への対抗的な政治的かつ教育的運動として位置づける道が拓かれたからである。たとえば、教育科学の標榜者であるとともに、保守的論客でもあるブレツィンカが政治的かつ教育学的に対抗したのは、明らかに当時隆盛にきわめていた解放的教育学とそれに呼応したカリキュラム改革であった。そこに保守的に解釈されたヘルバルトと彼の教育的教授が浮かび上がってきた。「教育への勇気」もブレツィンカと同じ問題意識を有していたと思われるがゆえに、「教育への勇気」における教授と教育の関係(教育的教授)の解釈も、同様の中身に傾くものと予想される。さらには、反対声明の立場にある教育的教授の解釈も、「教育への勇気」とは正反対になるという見通が開かれた。 こうした有益な「回り道」から得られた知見を踏まえることで、来年度からは当初予定していた研究計画をいっそう着実に進めることができる。
|
Strategy for Future Research Activity |
平成29年度には、1980年代のNRW州、BW州、そしてBY州のカリキュラム改革において教育的教授論が果たした役割を、学習指導要領や審議会記録などの一次資料を収集精読することによって究明すること、そしてそれと同時に「教育への勇気」とチュービンゲン反対声明の背後にあると予想される教育的教授の解釈の違いが、どのようにNRW州、BW州、そしてBY州の学習指導要領に反映されているかについて、実証的に明らかにすることが主な研究課題の柱となる。
|
Causes of Carryover |
旅費、とりわけ宿泊費が大幅に抑えたことが、当該助成金が生じた主な理由である。研究上の知見を得るために、ベルリン・フンボルト大学、ケルン大学、そしてオルデンブルク大学に滞在したが、とくにフンボルト大学とオルデンブルク大学の滞在については、大学関係宿舎に宿泊することが許され、周辺ホテルに宿泊するよりも大幅に当初予定の宿泊費を抑制できた。
|
Expenditure Plan for Carryover Budget |
研究上の知見を得るために、平成29年度の国外調査日数を延長することに、当該助成金をあてることを計画している。また、「教育への勇気」の反対声明を準備した研究者に、当時に対する反省的な対峙をもとにして、わが国への道徳教育の理論と実践に対する知見を提供してもらうために、当該助成金を使用する予定である。
|