2016 Fiscal Year Research-status Report
チェコにおける高等教育機会とジェンダーバイアス:女性の上昇を阻害する要因
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16K04613
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Research Institution | Ishikawa Prefectural University |
Principal Investigator |
石倉 瑞恵 石川県立大学, 生物資源環境学部, 准教授 (30512983)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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Keywords | チェコ / ジェンダー / 高等教育 / 女性研究者 / 周縁性 |
Outline of Annual Research Achievements |
チェコ高等教育の隠れたジェンダーバイアスの様相を歴史的に辿り、ジェンダーバイアスの低層を成している要因を明らかにした。 20世紀初頭、高等教育を修了した女性が医師や法律家、中等学校教員などの職業に就くようになったが、女性が就くことができたのは周縁的なポジションであった。女性の進出が比較的顕著であった医学においても、外科などの主力部門からは女性は排除された。また、チェコの主要産業である重化学工業を支える技術研究は女性に対する門戸を固く閉ざしていた。 社会主義期には、大学生に占める女性の割合は4割を超すようになった。しかし、学部毎に男女の割合を見てみると、哲学部、教育学部、医学部、薬学部では女子学生が多く、法学部、理数学部では常に男子学生の割合が高いという傾向があった。また、社会主義期には専門大学が誕生し、高等教育が多様化したにもかかわらず、技術系、理数系分野が女性に対して閉鎖的である状況に変化は見られなかった。この分野で女性が研究職として生き残るためには、男性研究者が無関心な周辺的なテーマ、同僚男性との競争のない若いテーマに着手し、成功するか否かについては賭けに出るしかなかった。 現在、研究費予算が高い部門は男性研究者が占め、女性研究者はその隙間を埋めるように分布していると言われており、上記の状況は解消されていない。それは、家事労働を女性本来の役割とする認識に疑問を持つことがなく、家事労働を担う女性は社会的労働者としてはハンディを抱えているとする言説を用いて、女性を周縁に置くことを正当化してきたからである。社会主義期の女性労働推奨政策は社会主義制度に支えられてはいるが人間の意識改革を伴わなかったため、現在に至るまで隠れた格差構造の不当性に対して女性が声を上げる経験がなかったこと、特に家事労働の価値を見直す経験に乏しかったことがジェンダーバイアスの根本的要因である。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
28年度の研究のねらいは2点であった。1点目は、女子高等教育、女性のライフスタイル、チェコ社会変容等に関する文献を精読し、20世紀から社会主義期そして現在に至るチェコ女性のライフスタイルの変容、意識変容を背景として、女子高等教育発展の様相を解釈することである。高等教育が女性に対して開かれる一方で、ジェンダーバイアスが顕在化していくこと、女性の上昇を妨げるバイアスの低層には、女性をハンディある存在としてとらえ女性を周縁に置くことを正当化する意識があり、この意識が崩れなかったのは、チェコ社会が女性の役割をリプロダクションとすることへ異議を唱える経験を持たなかったからであると明らかにした。この知見をまとめ石川県立大学年報に論文を投稿した。 2点目は、ジェンダーバイアスの低層を、高等教育の現状において具体的に把握することである。女性が周縁に置かれてきた分野は、女性の割合が高い医学部の中では外科、同じく女性の割合が高い総合大学の中では理数学部、男性ヘゲモニーが確立している社会主義期に設立起源をもつ専門大学では、専門大学時代から続く技術系学部であると明らかにすることができた。そこで、カレル大学やチェコ工科大学、プラハ化学大学等における詳細な調査が有効である。それぞれの教育研究環境等に関する調査と資料収集を29年度に実施するよう基本的な情報収集を行う段階までは達成できており、当初計画にあった外的要因(女性の上昇を阻む社会通念、社会構造)調査の視点は定まっている。一方で、内的要因(内在化した社会通念やジェンダー観)調査の視点を定めるためには、ジェンダーバイアスの低層を捉えることを意識し、昨今のチェコ国内における草の根の運動等について調査する必要がある。計画段階では着想に及ばなかった点が研究内容として加わったが、今後の研究方向性を定めることができているので、「おおむね順調」とした。
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Strategy for Future Research Activity |
29年度研究のねらいは、前年度に導いた「女性の上昇を妨げるバイアスの低層には、女性をハンディある存在としてとらえ女性を周縁に置くことを正当化する意識がある」とする知見を具体的に裏付けることにある。 そこで2つの柱を中心として研究を進める。1点目はチェコ国内における草の根の運動、及びチェコ国内のジェンダー研究の現状調査である。社会主義が崩壊し、自由に意見を表明することができるようになり30年が経過する。この30年に生起した市民活動、及びこの間に成立したジェンダー研究機関、国内のジェンダー研究の蓄積等について資料調査、及び現地調査を行う。「女性の上昇を妨げるバイアスの低層」に関する認識の程度、及びそのバイアスを解消しようとする動向と影響力を明らかにする。資料調査については現在着手しており、6月の日本比較教育学会までにその成果をまとめ、口頭発表することになっている。 2点目は、カレル大学やチェコ工科大学、プラハ化学大学等、調査対象として見定めた大学についての調査である。調査内容は(1)女子学生が多く所属する研究室と研究分野、女子学生が少ない研究室と研究分野を明らかにする統計資料を収集し、研究の潮流と照らし合わせて、女子学生の偏りに関する分析を行うこと、(2)男性ヘゲモニーが確立している専門において女子学生が学ぶことはどのように考えられているのかについて意見収集することである。意見収集の対象としては、当該専門に従事している女子学生と男子学生、専門外の一般人の三つのカテゴリーを想定している。この調査は、夏季に行う予定であるが、必要であれば年度内に再度調査をすることも検討している。 1点目の内容については、夏季現地調査を経て考察を深め、日本比較教育学研究、あるいは石川県立大学年報に論文として投稿し、2点目の内容については30年度の学会発表に向けてまとめる予定である。
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Causes of Carryover |
資料・文献調査を重点的に行ったため、現地調査旅費として使用する額が生じなかったためである。資料・文献調査の目的は、現地調査までに柱となる知見を固めておくこと、ジェンダー研究における比較教育学の視点を定めることであった。とりわけ日本との比較の視点ををもつことが本研究の特色の一つであるので、チェコ女性運動萌芽期、社会主義期の特色を明らかにするために、同時期の日本の女性運動やジェンダーバイアスについても把握する必要があった。そこで、年度内に現地調査を行うことは控えた。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
今年度実施の現地調査の補助費用として使用する計画である。今年度の主な使用計画は、二度の現地調査費用、国内学会発表費用、現地調査において収集する資料・文献費用である。現地調査については、当初夏季一回を計画しいていたが、調査対象大学が規模の大きい大学であると明らかになったため、年度内に補助調査を行う必要がある。
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