2017 Fiscal Year Research-status Report
60年代日本ドキュメンタリーの対話性――多様性を内包する 「対話的様式」の研究
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16K13182
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Research Institution | Nagoya University |
Principal Investigator |
洞ヶ瀬 真人 名古屋大学, 人文学研究科, 博士研究員 (10774317)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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Keywords | ドキュメンタリー / 映像表現 / メディア史 / 映画史 / テレヴィジョン / 民主主義 / 放送文化 |
Outline of Annual Research Achievements |
まず50年代末~60年代前半のドキュメンタリー実践を、テレビと映画メディアの両面から調査した。前年度から継続したNHKのテレビ作品調査によって、映像トラックと音声トラックのずれを利用し複雑多様な解釈へ開かれる表現について、ある程度の知見をまとめた。さらに本年度では、これと同時代の映画ドキュメンタリーとして50~60年代の重要雑誌『記録映画』に集う制作者の作品に注目。神戸映画資料館の協力で実作品の映像表現を精査し、当時の映画メディア側の表現傾向を把握することができた。 二つの調査から、当時のテレビと映画におけるドキュメンタリーが、表現傾向や主題に対する政治態度で対照的な関係性にあることが以下のように見えてきた。理論言説ではどちらにおいても時代を画する高度な表現が求められた一方、映画ドキュメンタリー側には実作品の表現上で、政治的主張を直裁に訴える単純さから脱することができない部分がみられた。対してテレビ作品側は、こうした映画表現への批判のみならず、社会問題に対して異なる考えをもった作り手の協働という制作環境も作用し、作者側のメッセージを伝達するよりも、視聴者の問題意識を触発する新しい表現を作品に具体化していた。このことは、テレビ・映画双方で、新たなドキュメンタリーを模索する大きな契機となる。この成果は、日本マス・コミュニケーション学会2017年度秋季研究発表会(成城大学)で発表。まだ不明な部分が多いこの時代のテレビ・映画間のメディア交渉について、新たな知見を加えた点に研究の意義がある。 また、本研究の独創的な着眼点として挙げる《映像の対話性》について、G・ドゥルーズの映像理論やD・ボームの対話理論に沿いながら検討し、国際学会ICAS10(チェンマイ)で研究発表した。この成果は、文化交流の場で叫ばれる「対話」と異なる、相互理解を超えた映像表現の創発性を明らかにした点に意義がある。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
4: Progress in research has been delayed.
Reason
先述の、NHKや神戸映画資料館での調査に加え、横浜放送文化ライブラリーなどでも60年代中頃の民放ドキュメンタリーについて調査を進めてきた。その中で、新たな課題として水俣病事件に関するドキュメンタリーの重要性が浮上してきた。テレビドキュメンタリーは、水俣病の事件性を50年代末の時点で世に知らしめる契機を作り、その後60年代を通していくつかの重要な作品制作が続く。しかも市民生活の向上や労働条件の改善を求める運動が加害企業の擁護にまわり、水俣病被害者の救済との齟齬を引き起こす複雑な事情を反映して、いずれの作品も弱者救済を訴えるのみでは済まされない問題への対応の複雑さが映像表現に如実に表れる。この時代のドキュメンタリーの変化・発展に着目する本研究にとって、水俣病関連作品に共通するこのような特徴は見逃すことのできない主題である。しかもこの問題には、映画・テレビ映像だけでなく、桑原史成やユージン・スミスの写真、さらには石牟礼道子の文学表現にも関わる大きな広がりがある。水俣病という現代史の重大事件のなかで、それを捉えようとする映像などの表現がどのように陶冶されてゆくのか、個々の作品の向き合い方を改めて精査する必要性が出てきた。
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Strategy for Future Research Activity |
予定していた本年度中の著書上梓は難しくなってきたが、その他の方法で成果発表に力を入れたい。まず、日本映像学会第44回大会にて、60年代の民放テレビドキュメンタリーに焦点を当てた発表を行う。ここではドキュメンタリー全般を通して重要な主題となる、社会問題に対するプロテスト運動の描き方をテーマに、50年代の映画ドキュメンタリーとNHKテレビ作品の取り組みを踏まえ、60年代からテレビ番組制作に参入する映画作家のドキュメンタリー表現がどのように変容したのかを、日本テレビ『ノンフィクション劇場』を中心に分析する。また、日本マス・コミュニケーション学会春季研究発表会では、60年代末の水俣病ドキュメンタリーに関する発表を行う。ここでは、テレビドキュメンタリー作品『111―奇病15年目の今』(熊本放送、1969)と『苦海浄土』(RKB毎日放送、1970)の映像表現に焦点を当て、先行研究が指摘する水俣病関連作品にみられる複雑化した表現の要因を、事件の社会政治的背景にある対立関係の複雑化という面にも求めることで、表現テクストと社会コンテクストの関係性を明らかにする分析を行う。水俣病関連作品に関しては、写真や文学でも共通したキーワードになる事件の「記録」という取り組みの複雑化に着目し、さらなる調査を進めたい。現在、50年代末に切り開かれた日本のドキュメンタリー表現の新規性を、海外のドキュメンタリー事情とも比較しながら、映画とテレビの制作コンテクストの交渉関係の中で明らかにする研究論文を用意している。これも、本年度中に学会誌等に発表したい。
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Causes of Carryover |
(理由) 海外国際学会での発表を計画していたが、本年度も応募申請が通らなかったためにできなかった。余剰金はその分の旅費に該当する。 (使用計画) 国際学会への参加や、調査旅行費、書籍購入などで使用したい。
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Research Products
(5 results)