2016 Fiscal Year Research-status Report
Project/Area Number |
16K13194
|
Research Institution | Shinshu University |
Principal Investigator |
高橋 徹 信州大学, 学術研究院医学系(医学部附属病院), 講師 (70313856)
|
Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2019-03-31
|
Keywords | 病跡学 / 双極性障害 / 躁病エピソード / 抑うつエピソード / 混合状態 |
Outline of Annual Research Achievements |
原著論文「作家・北杜夫と躁鬱病 ― 双極性障害の診断 ―」を作成し、日本病跡学会雑誌に投稿、平成28年9月14日受稿。現在、再投稿査読中。論文の抄録内容は以下。 「作家・北杜夫(1927-2011年)(本名:斎藤宗吉)は、『どくとるマンボウ航海記』『楡家の人々』『輝ける碧き空の下で』などの作品で知られ、また自身が精神科医であり、かつ躁鬱病に罹患していたことを公にしたことでも有名である。北杜夫を病跡学研究の対象とするにあたり、本稿ではまず、双極性障害と診断することの妥当性を検討した。エッセイ等の資料から躁病エピソードと抑うつエピソードを概観し、DSM-5の診断基準と照らし合わせた。その結果、「双極Ⅰ型障害」の診断で間違いないことを確認した。また特に、初回の躁病エピソードといわれている39歳時から5年間の気分変動に着目したところ、「急速交代型」「混合状態」の特徴を有した時期があったものと考えられた。」(本文文字数21714字。図2枚)。 具体的には、北杜夫の著作物を「長篇小説」「短篇小説集・エッセイ・旅行記・童話」「対談」「その他」に分類し、出版年を横軸、出版数を縦軸とした年譜を作成した。また同年譜に、躁病エピソードを線グラフ(病状の程度をグラフの高低で表した)で追加した。略歴・病歴を6期にわけて要約したうえで、躁病・抑うつ病エピソードの周期、季節変動の傾向を考察した。操作的診断基準であるDSM-5の双極Ⅰ型障害の診断基準項目を挙げたうえで、それに該当する北杜夫の躁病エピソードをエッセイ等から抜粋して提示した。双極性障害・躁鬱病の診断は妥当であり、現代の診断基準においても双極Ⅰ型障害に矛盾しないことを考察した。また、1966年(39歳)から1970年(43歳)の病歴を詳細に解析し、双極性障害の特定用語である「急速交代型」「混合状態」の特徴を有した時期があったことを指摘した。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
原著論文を1編作成し、投稿、第一回の査読までを平成28年度中に終了した。現在、再投稿査読中で、初年度の進捗としては概ね順調と考えた。第一報であるため、まずは北杜夫の著作物(ジャンル、著作数)と略歴・病歴を概観することから研究を開始した。著作数を時系列で棒グラフ化し、また躁病エピソードの病状変動を線グラフで表すことで、躁状態と書作数の関係性を可視化した。それにより、例えば1977年(50歳時)の出版数が突出して多いこと、それが躁病エピソードとも関連していることを指摘することができた。これまで北杜夫の診断名は、自他ともに「躁うつ病」で認知されてきたが、精神科の診断基準は現在まで修正・更新が継続されており、最新の米国精神医学会による診断基準(DSM-5)に準拠して診断確定することが研究の端緒としては必要であると考えた。北杜夫の躁病エピソードにおける具体的な病状を抽出し、DSM-5の診断基準と比較したところ、双極Ⅰ型障害の診断に合致することを指摘できた。また「急速交代型」(1年間に気分変動の4回以上存在する)、「混合状態」(躁病エピソードと抑うつエピソードが同時に存在する状態)を有する時期(特に39歳から43歳の5年間)が存在したことを考察した。このような指摘は、これまで精神科医である北杜夫自身からも、他の精神科医、研究者からもなされておらず、本研究から得られた大きな成果と考える。 第二報以降では、顕在発症とされる39歳より前の病歴の有無(うつ病エピソードや軽躁病エピ―ド)や、その病状が初期作品群に与えた影響、創作活動における環境因の解析などを進めていく予定であり、研究の土台となる第一報を平成28年度に完成できたことは大きな進展であったと考えた。
|
Strategy for Future Research Activity |
まずは、査読中の原著論文「作家・北杜夫と躁鬱病 ― 双極性障害の診断 ―」の受理、掲載を目指す。さらに、以下の表題で三編の原著論文を作成し、随時、投稿していく予定である。 「作家・北杜夫と躁鬱病 ― 顕在発症前エピソードと創作 ―」:躁病エピソードの初発とされてきた39歳より前の時期に焦点をあて、その精神状態と創作との関連性を考察する。エッセイや書簡集からは、顕在発症前の時期にも既に気分変動や混合状態を呈していた可能性が高く、それが初期作品の創作に大きく影響していた可能性を考察する。 「作家・北杜夫と躁鬱病 ― 初期作品の系譜 ―」:北杜夫は、純文学、大河小説、旅行記・随筆、ユーモア小説、評伝など、多彩なジャンルの代表作をもつ。これら作品群を、「自伝的小説」「異国小説」「エッセイ」「ユーモア小説」の4群に分類し、それぞれの初期作品が、双極性障害の顕在発症前には既に創作されていたことを指摘する。北杜夫の晩年までに至る長い作家活動の萌芽は、作家活動の初期には確立されていたと考えられ、また各領域が相互に影響を及ぼすことで新たな創作につながった可能性があることを考察する。 「作家・北杜夫と躁鬱病 ― 北杜夫をめぐる人びと ―」:北杜夫の創作と作家としての大成には、本人の才能以外に環境因が大きく寄与している。父・斎藤茂吉や兄・斎藤茂太などの親族からの影響をはじめとして、辻邦生や遠藤周作、佐藤愛子などの作家、また慶應大学精神科の医師(なだいなだ等)、文芸評論家の奥野健男、編集者の宮脇俊三、北の理解者であった作家の三島由紀夫や埴谷雄高などがあげられる。これらの周辺人物が、北杜夫の創作と出版、北が世に知られるようになるまでの過程において、どのような関わりを為したかを分析することは、病跡学のテーマである「天才」論における環境因の役割を知るうえで、重要な研究テーマになると考える。
|
Causes of Carryover |
ほぼ99%を使用。少額が残となったため、次年度にまわした。
|
Expenditure Plan for Carryover Budget |
次年度使用額は平成29年度請求額と合わせて消耗品費として使用する予定である。
|