2017 Fiscal Year Research-status Report
科学の知と在来の知のあいだーバオバブ油論争の人類学的研究
Project/Area Number |
16K13304
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Research Institution | Fukui Prefectural University |
Principal Investigator |
杉村 和彦 福井県立大学, 学術教養センター, 教授 (40211982)
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Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
津村 文彦 名城大学, 外国語学部, 教授 (40363882)
鶴田 格 近畿大学, 農学部, 教授 (60340767)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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Keywords | バオバブ油 / 在来血 / 近代開発 / 伝統薬 / 発ガン性物質 / エスノ・サイエンス / 科学知 / 科学の輻輳性 |
Outline of Annual Research Achievements |
タンザニアでは、乾燥に強い在来植物の開発を通して内発的発展の可能性を探るNGOグループの活動に注目してきたが、しかし2013年7月タンザニア食品医薬品局が「バオバブ油には発ガン性物質が含有されている」と突如発表し利用の自粛を求めた。 しかし医療関係者からは飲用を擁護する声明が即座に出され、利用の可否をめぐるバオバブ油論争が、新聞各紙で1ケ月近くにわたって展開され、これまで本研究では、バオバブ論争の経緯を関係者からインタビューを通して掘り起こすと同時に、その検証委員会での議論と、それが空転し、正当な論拠が出てこない状況の核心に、依拠すべきデータの信頼不可能な状況があることを、さまざまなニュースの元データとなった一次資料の確認する中で明らかにした。 またデータそのものをタンザニアの中では分析しえず、常に、きわめて古いデータや論文に依拠したり、きわめて未熟な分析結果にもとづくものであり、真偽の判断が、事実に基づくというより、政治的文脈や科学的権威に依存した議論の進め方にあることを明らかにしてきた。 科学的と称する各種の委員会が研究者の科学的手続きの上に展開しているというよりは、各問題に対しては具体的な専門的知識を持たないいわば素人集団が、その素人的判断の上に、議論を重ねているという状況が明らかになってきており、バオバブ油に関する国内外の科学的言説とタンザニア食品安全局の対応を、人類学と食品工学の双方の立場から分析することで、これまでは途上国の「科学」とそれを支える集団の様態を明らかにしてきた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
「途上国の科学」の解析の困難の中で、むしろ、大きな議論の展開の可能性が認められたのは、在来知としての人々の言説の膨らみと生活世界の中での、多角的な意味の広がりである。 バオバブ油が人の治療に聞くとされる農村の中で、農民は鶏の治療にも効くという理解の中で、高度な学としての科学の実験的な場での解明の方法とは異なり、農民だれでも参加できるバオバブ油の薬効の解明の可能性が見出されつつある。 近代医療が圧倒的に広がった現代においては、伝統医療は近代医療が苦手とする慢性病や精神疾患に効果を発揮すると論じられることが多いが、タンザニアでは現在も、頭痛や腹痛などの日常的な苦痛から、HIVや癌などの重篤な病いまで幅広く民間薬が用いられている。単に近代医療の整備の遅れからではなく、生薬を扱う薬草師は公認制で、都市部には生薬専門の薬局も存在し医療師が活動する。 むしろこうした生活の中で行われる重篤な病の民間治療は、農民でも実験が許されるものとなる。本研究では、予備段階の実験的な方法であるが、バオバブに見られる治療効果を在来知を科学的に検証するというやり方ではなく、むしろ農民の多元的な理解と方法を借りながらながら、バオバブの薬効を捉えなおす研究を進めている。
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Strategy for Future Research Activity |
バオバブ油の利用者、薬草師・NGOの見解、医療従事者の見解:バオバブ油の利用者に加え、民間薬を扱う薬草師やNGO関係者、病院の医師や看護師などにもインタビュー調査を実施する。 タンザニア国立ムヒンビリ病院などでの医療従事者やタンザニア食品医薬品局の安全基準設定に関わる専門家、および在来植物の内発的な利用を促進するNGO関係者や、在来植物を民間薬として積極的に利用する薬草師らと情報交換をすることで、得られた知見を様々なアクターと共有しながら、バオバブ油を持続的にかつ安全に活用する経路を探るものである。 同時に人間以外の鶏などでの薬効をより実証的に検討し、科学知と在来知、医療、経済をめぐる考察を研究会などで関連づけながら議論の総括を図る。特に、途上国における開発論と科学論との接合、近代医療と民間薬との接合に注目し、科学知と在来知のあいだの境界域の動態的生成について知見を総合させ、タンザニアの関係者と研究成果を共有するためのワークショップを開催する。
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Causes of Carryover |
タンザニア食品医薬品局による「バオバブ油に発ガン性物質が含有されている」という言説の論拠は、30年前にイタリア人研究者によって発表された論文[BIANCHINI 1983]である。こうした論文の根拠を求め、多くのタンザニアにおける科学共同体は共通の理解を持っていないという状況を明らかにした、本研究の重要なカウンターパートが交通事故で、十分な聞き取りが不可能になり、大幅に」研究の進展が遅れた。現在の食品医薬品局には検証実験を行う設備も予算もなく、国内で独自の安全基準を設定することができない状況は途上国の科学とも言えるバオバブをめぐるタンザニアの状況にかかわっており、彼女の回復を待つことになった。 バオバブ油に関する国内外の科学的言説とタンザニア食品安全局の対応を、このキーパーソンと共同することで人類学と食品工学の双方の立場からの人類学的分析する。 その意味では「科学知」自身が未形成あるいは形成途上といえる。
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