2017 Fiscal Year Research-status Report
分光技術を用いた捕食寄生者による甲虫の体色進化の実証
Project/Area Number |
16K18612
|
Research Institution | Hokkaido University |
Principal Investigator |
奥崎 穣 北海道大学, 北方生物圏フィールド科学センター, 学術研究員 (40725785)
|
Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2019-03-31
|
Keywords | 体色進化 / オサムシ / 寄生バエ / 分光計測 / 分子系統解析 |
Outline of Annual Research Achievements |
生物の体色は色覚を持つ動物と関わることで進化する.しかし,色覚の発達した脊椎動物の捕食対象とならない小さい昆虫も多様な体色を持っている.一方でハエ類も色覚を持ち,捕食寄生性のハエは他の昆虫に産卵し,幼虫は宿主の体内で成長する.昆虫の体色はこの寄生バエに対する隠蔽色として進化したのかもしれない. 北海道に固有の昆虫オオルリオサムシとアイヌキンオサムシの体色は北海道北部では一様に赤いが,南部では地理的変異が大きい.またしばしば体内から寄生バエの幼虫が得られる.これらの姉妹種が樺太に分布することから,2種は北海道北部では寄生バエからの淘汰により赤い体色を維持していたが,南部に分布を拡大したことでその淘汰が弱まり,体色が多様化したと予想される.本研究ではこの予想を確かめるために,オオルリオサムシとアイヌキンオサムシの体色と系統の関係ならびに体色と寄生率の関係を明らかにする. 平成29年度は体色の分光測定と分子系統解析のために北海道各地で2種を採集した.採集は6月から9月に行い,北海道北部と北海道南部の高山帯では採集できたが,北海道南部の低標高では採集できなかった.採集時期が低標高集団の活動時期より遅かったと考えられる. 続いて,オサムシの寄生バエの分類群を特定するために,これまでに得られた寄生バエの幼虫と卵からDNAを抽出し,COI遺伝子の塩基配列に基づくDNAバーコーディング(既存の塩基配列との照合)を行った.オサムシの寄生バエは2種確認され,1種はヤドリバエ科(Zaira cinerae),もう1種はヤドリバエ科もしくはハナバエ科(該当種なし)であった.ヤドリバエ科もハナバエ科も成虫は送粉者と言われている.花に来るハエ類を採集することでオサムシの寄生バエを生け捕りにして,オサムシへの産卵行動を観察できるかもしれない.さらにオサムシが送粉者を環境中に供給している可能性も示唆された.
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究の調査項目の中で達成に時間がかかるのは,北海道全域でのオオルリオサムシとアイヌキンオサムシの採集,そしてオサムシの寄生バエの生け捕りである.平成29年度ではこの2つを達成することはできなかったが,大きく前進させることはできた. 平成29年度にオサムシを採集できなかった地点があったのは,オサムシの活動時期が短く,また地点ごとに異なっていたためである.しかし複数の地点で採集を行ったことで,オオルリオサムシの活動のピークは高標高では6月から7月まで,低標高では4月末あるいは5月までと推定された.アイヌキンオサムシは概ね高標高に分布し,活動のピークは7月末から8月半ばと推定された.この情報をもとに平成30年度はより効率のよい採集を行うことができる. またオサムシの寄生バエを生け捕りにするには,それを採集,同定できなければならないが,その姿形と生態(活動環境など)は不明であった.これまで野外で採集したオサムシから寄生バエを得ようと試みてきたが失敗が続いている.しかし平成29年度に行ったDNAバーコーディングにより,オサムシの寄生バエは送粉者である可能性が高いことが明らかとなった.オサムシの生息地の花に来るハエ類を採集することで,オサムシの寄生バエを捕獲できるかもしれない.さらに寄生バエの成虫を花粉や花蜜で,そして幼虫をオサムシで生育させる,すなわち寄生バエを人工繁殖させることができれば,今後の寄生バエを用いた行動実験を飛躍的に進めることができる.
|
Strategy for Future Research Activity |
平成30年度は春から秋までオオルリオサムシとアイヌキンオサムシの未採集地点,特に固有の集団遺伝構造を維持している可能性が高い孤立集団(利尻島,礼文島,羊蹄山,渡島半島の低標高地域)で採集を行う.これらの地域は自然公園であり,法律と条例で動物の採集が制限されているため,現在学術研究目的で採集許可申請中である.これらの採集で得られた標本を用いて,冬に分子系統解析を行い,2種の北海道内での分布拡大方向と体色進化方向を明らかにする. 並行して,オサムシの生息地の花に来るハエ類を採集して,COI遺伝子のDNAバーコーディングを行い,オサムシの体内から得られた寄生バエ幼虫の同遺伝子の塩基配列と照合し,オサムシの寄生バエの成虫の形態を明らかにする.その後,その成虫を生け捕りにして,体色の異なるオサムシに対する行動の違いを観察することで,オサムシの体色と寄生率の関係を明らかにする. さらに本研究の目的からは離れるが,オサムシの寄生バエを採集するときは,可能であればそれが送粉生態系に果たす役割,具体的には活動する時刻と時期,利用する植物,他の送粉者と比較したときのアバンダンスも明らかにするように調査していきたい.ヤドリバエ科もハナバエ科も比較的に大型のハエであるため,個体数の多い大型昆虫,すなわちオサムシが宿主として適しているだろう.もしオサムシの寄生バエがその生息環境において優占的な送粉者であった場合,オサムシが送粉生態系の維持に大きく貢献していることになる.
|
Causes of Carryover |
平成29年度の研究費は主に採集の旅費と分子系統解析の物品費に充てる予定であった.分子系統解析では次世代シーケンサーを使用してRAD-seq解析を行い,少ない分析個体数(2~3個体)であっても正確な集団遺伝解析を行う予定であった.このRAD-seq解析は一度に200個体以上分析すると費用を抑えることができる. 本研究ではオオルリオサムシは30地点,アイヌキンオサムシは20地点から採集することを目標としている.しかし,2種の生活史(活動時期)は産地によって異なっており,一部地域では私が採集を開始した6月には2種は既に活動を終えていた.そのため,平成29年度までにオオルリオサムシは15地点,アイヌキンオサムシは10地点からしか採集できなかった.そこで繰り越し可能な若手研究(B)の助成金を有効に活用するために,平成29年度の助成金はRAD-seq解析(物品費)には使用せず,平成30年度までに目標地点数において2種を採集し,それまでのサンプル(200個体ほど)を一括してRAD-seq解析を行う計画に変更した.
|