2017 Fiscal Year Research-status Report
利他的動機づけが認知的コントロール能力に及ぼす影響の解明
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16K21230
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Research Institution | Nagasaki University |
Principal Investigator |
前原 由喜夫 長崎大学, 教育学部, 准教授 (60737279)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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Keywords | 利他的動機づけ / ワーキングメモリ / 認知的コントロール / ADHD / 親切 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究の目的は,他者に対する思いやりや親切心に根差した動機づけ,すなわち利他的動機づけが,認知能力や学力,あるいは学習に対する動機づけに及ぼす影響について実証的に検討することである。そのために,視空間性ワーキングメモリ課題において,正解すると自分が利益をもらえる「利己的試行」と,正解すると他者に利益がもたらされる「利他的試行」を設けてパフォーマンスを比較した。さらに,その利益の大きさを「0円」(無利益),「10円」(低利益),または「100円」(高利益)と変化させることによって,利他的動機づけにもとづいた認知的コントロール能力の特徴を観察した。また,ADHD傾向が高いほど利他的動機づけの影響を大きく受けるという仮説のもと,大学生のADHD傾向の個人差を質問紙によって測定し,ワーキングメモリ課題成績との関連を検証した。その結果,不注意傾向の個人差は課題成績とほとんど関連が見られなかったが,多動性傾向が高い大学生ほど高利益の利他的試行において課題成績が高くなった。これは,ADHD的特性が動機づけの方向性次第で認知能力にポジティブな影響を与えることを示唆している。さらに,小学生や中学生でもADHD傾向の高い子が,利他的動機づけによって認知能力や学力が向上するかどうかを調べるための予備調査として,ADHD傾向,向社会的行動,学習に対する動機づけ,そして学業成績などの関連を自答式の質問紙によって調べたところ,全体的に不注意傾向や多動性傾向が高いほど向社会的行動が少ないという傾向が見られたが,共感性あるいは感情制御能力を統制すると,不注意傾向や多動性傾向と向社会的行動との負の関連は消失した。この結果は,子どものADHD傾向が単純に向社会的行動の少なさ,つまり利他的動機づけの低さと関連するのではなく,それらを媒介する他の性格特性あるいは認知特性が存在することを示唆している。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
今年度は認知的コントロール能力に対する利他的動機づけの影響が,ADHD傾向の個人差によってどのように変化するかを実験的に検証した。ADHDは不注意と多動性・衝動性を主症状とする代表的な発達障害のひとつだが,周囲の物理的環境や人間関係の影響を受けて,認知的パフォーマンスが大きく変化することがわかっている。ADHDの子どもは他者のポジティブなフィードバックが期待できるときに,定型発達の子どもよりも実行機能のパフォーマンスが向上するという報告もある。他者からポジティブなフィードバックを引き出したいという動機づけは,すなわち利他的動機づけだと考えられるため,ADHD傾向の高い子どもあるいは大人は利他的動機づけが高まるほど,発揮できる認知能力も高まるのではないかと仮説を立てた。その結果,大人では多動性傾向が利他的動機づけと結びついたときに,認知的パフォーマンスの向上をもたらされており,研究仮説の方向性は間違っていないことが示唆された。これは教育現場でADHDの児童生徒に対して,他者に対する親切や他者貢献を取り入れた指導が,学習効果や自己コントロール能力を高めるために有効である可能性を示唆している。小中学生に対しても,同じ傾向の結果が追認できるかどうかを調べていきたい。そのための予備調査を,小学生向けのADHD質問紙を作成して行った。また,中学生を対象に昨年度行った,親切行動の振り返りと精神的健康や学業成績との関連を検討した研究の追加調査も実施した。自分自身の親切行動を振り返って記録することを2週間続けることは精神的健康に良い影響を及ぼしたが,学習に対するモチベーションには影響しないことが追認された。以上の理由により,本研究の進捗状況はおおむね順調だと言える。
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Strategy for Future Research Activity |
今年度は2年間の研究成果から生じた疑問点を解消するための実験を行いたい。特に昨年度も反省点として挙げたことに関連するが,利己的動機づけと利他的動機づけの両方の条件で,報酬が見込めなくなった後も動機づけ状態にあったパフォーマンスが一定時間続くのかどうかを検討したい。もし報酬がなくなっても利他的動機づけ状態が持続するのであれば,利己的動機づけ状態にあったときよりも,認知的パフォーマンスはしばらく高いままを維持するだろう。また,今年度はADHD傾向と利他的動機づけの関係を引き続き調査していくことに加えて,自閉症スペクトラム傾向と利他的動機づけとの関連を調べていく。しかしながら,手を尽くしてはみたものの,現在のところ高機能自閉症の診断を受けた児童生徒や成人の実験参加者を集めるのが困難な見込みである。したがって,まずは大学生に対して自閉症傾向質問紙を実施し,自閉症傾向の高い人と低い人がそれぞれ利他的動機づけ状態においてどのような認知的パフォーマンスを見せるかを個人差研究の観点から検討していきたい。そして,3年間の研究成果を整理し,人間の利他性が認知能力に与える影響の一端を論文としてまとめる作業に時間を費やしたいと考えている。
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Causes of Carryover |
理由:研究費を計画的に使用した結果,最終的に7円だけ余ってしまったが,7円では研究に必要なものを何も購入できないため,そのままにしておいた。 使用計画:繰り越し分の7円も含めて,1円たりとも無駄にしないよう,研究完遂のために大切に使いたい。
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Research Products
(4 results)
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[Book] Memory in a social context: Brain, mind, and society2018
Author(s)
Tsukiura, T., Umeda, S., Shimizu, H., Chikazoe, J., Konishi, S., Maehara, Y., Turkileri, N., Sakaki, M., Dolcos, F., Katsumi, Y., Denkova, E., Weymar, M., Dolcos, S., Shigemune, Y., Sugiura, M., Kikuchi, H., Abe, N., Terasawa, Y., Addis, D. R., Wiebels, K. et al.
Total Pages
327
Publisher
Springer