Research Abstract |
網膜は,『脳の覗き窓』や『小さな脳』と呼ばれる神経回路である.網膜はそこで実現されている視覚情報処理への関心だけでなく,実験標本としての扱い易さや,構造と機能との関連づけが比較的容易であること等から,脳神経システムを理解する最適なシステムの一つとして,神経生理学,解剖学,工学,情報科学等の対象として数々の研究が進められてきた『神経研究の宝庫』といえる神経組織である.従来研究によって,網膜を構成する神経細胞,すなわち,視細胞,水平細胞,双極細胞,神経節細胞の数理モデルが完成すると共に,細胞膜に存在する各イオンチャネルが細胞の電位応答に及ぼす影響等,従来の神経生理学的な実験手法のみでは十分な解析が困難であった要素レベルの特性が網膜の情報処理に果たす具体的な役割を解析することが可能となった.その結果,網膜の数理モデル研究は,単一細胞レベルの基本的なモデル化はほぼ達成され,細胞を結合した網膜神経回路レベルの数理モデルへと発展させる新たな段階に達した. 本年度は,網膜神経細胞どうしを結合した網膜神経回路モデルを構築する第一歩として,光情報を受容する最初のステージである杆体視細胞のネットワークモデル構築を進めた.網膜にスリット状の光刺激フラッシュを与え,杆体から電位応答を記録すると,刺激位置から離れた杆体ほどピーク潜時が短くなる現象が知られている.こうしたハイパスフィルタ特性は細胞膜にインダクタンス成分が存在するためと考えられきたが,実際の生理メカニズムは不明であった.杆体に存在するイオンチャネルや杆体どうしの信号伝達特性に関する最新の実験データに基づき,杆体視細胞ネットワークモデルを構築し,シミュレーション解析を行ったところ,カルシウム依存性イオンチャネルと過分極活性型チャネルの動的特性がハイパスフィルタの生成に重要な役割を果たしていることがわかった.
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