Research Abstract |
本研究は,1880年代にわが国の教育博物館,文部省が普及しようとした物理実験機器が,1876年,ロンドンのサウス・ケンジントン博物館で開かれたスペシャル・ローン・コレクションに依存していたことを追跡して,その機器普及の科学史的意味を明らかにするものである。そのスペシャル・ローン・コレクションを準備し機器収集にあたった中心人物に焦点をあて,具体的な機器の系譜を明らかにするだけでなく,わが国明治明初期の科学機器,科学教育の普及活動に影響を与えた準備活動をも明らかにできた。 1.スペシャル・ローン・コレクションを推進,準備には,T.H.バクスリー,クラーク・マクスウェル,レイレイ卿を筆頭に、当時、英国における科学の普及,科学教育にラジカルな見解をもち活動した科学者たちが結集していたことがわかった。 2.それらの科学者たちの多くが,マクミラン社の学校むけ科学書,一般科学書であるサイエンス・プライマー・シリーズ,エレメンタリー・サイエンス・クラース・ブックスの著者とでもあったことを明らかにできた。つまり,編集顧問のノーマン・ロッキャー,物理学のバルファー・スチュワート,化学のヘンリー・ロスコー,科学入門を担当したT.H.ハクスリーらである。その多くが,明治初期に邦訳出版されて,小学・中学用,さらに師範学校教科書に採用されている。 3.スペシャル・ローン・コレクションの前史となった活動に,1869年に開始された科学教員育成のための夏期講習その他の講習があり,その中でも,わが国の科学教育開始期にその著作で影響を与えた科学者が活躍していたことを明らかにできた。つまり,フレデリック・ガスリーである。 4.日本の教育博物館を中心にした,科学機器の普及活動の中心を担った人たち,西村貞,手島精一,市川盛三郎らは,スペシャル・ローン・コレクションの直後に,イギリスにわたり,直接,そのコレクションの構築やそれに付随した講演活動に活躍した科学者たちと接触していたことがわかった。 5.したがって,教育博物館を中心とする科学機器の普及、理化学教育の普及活動は,スペシャル・ローン・コレクションの準備活動にならって行われた可能性が高いことになるが,その具体的な対応関係についてさらに調査を進めることが,本研究におけるつぎの大きな課題となるだろう。
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