2006 Fiscal Year Annual Research Report
漱石文学における「読者の期待の地平」取り込みの構造に関する研究
Project/Area Number |
17520128
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Research Institution | Waseda University |
Principal Investigator |
石原 千秋 早稲田大学, 教育・総合科学学術院, 教授 (00159758)
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Keywords | 漱石文学 / 読者 / 期待の地平 |
Research Abstract |
本年度は、昨年度に続いて、本研究の中核となる「一般読者=大衆」の「期待の地平」を探り、分析し、構造化することに主眼を置いた。そのために明治40年前後から大正半ばまでの「雑書」を収集し、分析した。 その結果、漱石が作家活動を行った時期は、進化論的パラダイムが社会に浸透し、それに付随して進化に取り残された女性が蔑視される傾向が強いことがわかったそうした当時の科学的な生物学的な背景を持ったパラダイムが、たとえば男子の教育と女子の教育とを制度的に分けてしまうような「差別」を正当化していたのである。つまり、現在の女性差別とは構造が違っていたのである。それが当時の「大衆」の「期待の地平」を構成していたのである。 漱石文学が、こうした進化論的パラダイムを半ば利用して書かれていたことは紛れもない事実である。しかし、一方で微妙な距離を取って書かれてもいたようである。たとえば、下宿屋にとっては「美人の娘」は「売り物」として下宿屋という「商売」上必須のもの」だという言説が当時はあった。また、性慾と愛とは表裏の関係にあるという言説もよく行われていた。こうした言説と漱石の『こころ』とを付き合わせてみると、「先生」が「お嬢さん」のいる「素人下宿」に入ったとき、「読者」はずでに「恋」を「期待」しただろうし、「先生」が「お嬢さん」に「性慾」を抱くことは自然の成り行きだと思っただろう。しかし、漱石は「先生」を性的な潔癖性に仕立て上げることで、こうした「期待の地平」を半ば利用しながら、半ば裏切って『こころ』を書いている。こうした「読者の期待の地平」と漱石文学との微妙な葛藤関係が明らかになった。
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Research Products
(10 results)