2005 Fiscal Year Annual Research Report
ペレック『失踪』における「文字落とし」の制約と自伝的動機の関係に関する研究
Project/Area Number |
17720042
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Research Institution | Waseda University |
Principal Investigator |
塩塚 秀一郎 早稲田大学, 理工学術院, 助教授 (70333581)
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Keywords | ペレック / 失踪 / 自伝 / リポグラム / 文宇落とし / 翻訳 |
Research Abstract |
『失踪』には、英訳、ドイツ語訳、イタリア語訳、ロシア語訳など、ヨーロッパ主要言語による翻訳が出ているが、それらのうち、『失踪』のみならず「制約下の創作」全般について、深い知見をもたらしてくれるのは、スペイン語訳である。なぜなら、『失踪』のフランス語原典において排除されている文宇はEであるのに対し、スペイン語訳ではこの言語で最も出現頻度の高い文字Aを落としているからである。今年度は、『失踪』の精読を進めるとともに、問題のある箇所については、スペィン語訳を丁寧に参照することで研究を進め、『失踪』本文には「欠如の参照システム」とでも名付けうる、巧妙な仕掛が施されていることを確認した。これは、本文中に不在であるはずの文字を、さまざまな手段によって喚起する方法であり、テクスト生成原理を自らのうちに内包するという、「メタテクスト的機能」の一種と考え得る。小説の構成は、アルファベットニ十六文字を想起させるべく、二十六章仕立てなのだが、五番目の文字Eの欠如に対応して、第五章は欠如している。また、大文字のEを反転したものが数字の3と形態的に類似しており、小文宇のeを反転し回転すると数字の6に似ることから、3,6が頻繁にテクスト中で喚起されることによって、不在のEの代償となっている。 その他、eをかならず含む複合母音(eu, oeu)を含む語が、類義語などによって喚起されることで、間接的に母音Eが喚起される例などもある。今年度は、こうした「欠如の参照システム」が、参照対象の異なる言語にいかに移植されているかを、スペイン語訳をもとに研究した。来年度は、「欠如の参照システム」を、ルジュンヌのいう「斜めの記憶」memoire obliqueと関連させつつ、『失踪』の自伝的動機の中にいかに位置づけうるかを探るつもりである。
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Research Products
(1 results)