2006 Fiscal Year Annual Research Report
ペレック『失踪』における「文字落とし」の制約と自伝的動機の関係に関する研究
Project/Area Number |
17720042
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Research Institution | Waseda University |
Principal Investigator |
塩塚 秀一郎 早稲田大学, 理工学術院, 助教授 (70333581)
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Keywords | ペレック / 失踪 / 自伝 / リポグラム / 文字落とし / 翻訳 |
Research Abstract |
今年度は、スペイン語訳、ロシア語訳などを参照しつつ、『失踪』の日本語訳を成立させるための条件を探った。まず、日本語に課すべき制約をどう定めるかが問題となるわけだが、フランス語原典では、アルファベット26文字のうち、もっとも使用頻度の高いEの文字が排除されていた。スペイン語訳は同じ理由でAを、ロシア語訳はOを落としている。日本語は、ひらがな、かたかな、漢字という三つの表記システムを用いて書かれるわけだが、それをすべてひらがなで書いたとき、もっとも高い頻度で現れる文字は「い」だという調査結果がある。そこでまず、日本語訳においては、「い」の文字を排除するのが妥当であると考えた。だが、ひらがなは48字もある音節文字であるから、日本語から「い」の文字だけを消すのでは、実際に引き起こされる「困難さ」という点で、フランス語のE抜きには遠く及ばない。そこで、文字「い」だけでなく、「い段」の文字をすべて抜くことを考えた。「文字」を抜くのが目的なので、拗音節「にゅ」などは、ふつう「い段」とはみなされないものだが、これらも排除することにした。文字を消す、という原則をあくまで貫くなら、漢字表記の文字や数字については、それらの読みに「い段」の文字が含まれてもよさそうだが、それでは制約を緩めることになってしまい、いかにも不徹底の感が否めない。やはり、「い段」を音の面でもすべて消して訳文を作る、ということを最終的な方針とした。 このように条件を定めたのち、『失踪』読解の基本的文献マルク・パレイルの『『失踪』を読む』を参照しつつ、複雑な意味の錯綜や参照・引用文献の解明に努めた。また、スペイン語訳、ロシア語訳を原典と対照しつつ解読することにより、直訳不可能なはずの「欠如の参照システム」(不在の文字を逆説的に浮かび上がらせる細部の体系)が、いかにこの両言語に翻訳されているかを探った。
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