2017 Fiscal Year Annual Research Report
高度な磁性体デザインによって実現する新奇量子状態の解明と制御
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17H04850
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Research Institution | Osaka Prefecture University |
Principal Investigator |
山口 博則 大阪府立大学, 理学(系)研究科(研究院), 准教授 (70581023)
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Project Period (FY) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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Keywords | 量子スピン系 / フラストレーション系 / 有機ラジカル系 |
Outline of Annual Research Achievements |
フェルダジルラジカルへの元素置換を利用した緻密な分子設計により、分子軌道の形状とその重なりを制御し、多彩な新規磁性体の実現に成功した。 α-2,3,5-Cl3-Vでは、2種類の反強磁性相互作用から成る歪を伴ったS=1/2正方格子の形成が示唆された。正方格子間は弱い反強磁性相関によって部分的な積層を成している。量子モンテカルロ法を用いた定量的な解析によって、歪んだ正方格子モデルで磁気特性を説明することができ、歪の大きさと積層相関の寄与を明らかにすることができた。さらに、ESRを用いて基底状態でのスピンダイナミクスを明らかにした。 結晶多形であるβ-2,3,5-Cl3-Vでは、反強磁性ジグザグ鎖と梯子鎖が交互に並んだトレリス格子を実現した。磁気特性においてはトレリス格子の2次元性を反映した振る舞いが観測された。さらに、磁化曲線の飽和近傍では非自明な緩やかな増加が観測された。フラストレーションの影響と梯子の桟方向に対応する磁気相関が強磁性的であることに起因して、飽和磁化近傍でスピン多極子相関が発達している可能性が考えられた。 ハニカム格子Zn(hfac)2(AxB1-x) では、磁気相関にランダムネスを導入することに成功した。ラジカルが遷移金属(非磁性)に配位することで生じる分子の回転自由度の消失を利用して、分子構造の異なる異性体を作り出した。結晶内でそれらがランダムに配列することで分子間の磁気相関にランダムネスが誘発される。極低温の物性を調べた結果、磁化率、磁化曲線、比熱の全ての実験結果において、量子スピン液体の一種であるvalence bond glass(random singlet)を示唆する振る舞いが観測された。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
フェルダジルラジカルへの分子設計を通して、多数の新規磁性体を合成することに成功した。それらにおいては、無機磁性体の対称性と安定性のものとでは形成が困難であるものを多数実現し、量子スピン系研究における未踏領域の開拓へと進展している。いくつかの新規磁性体に関する研究成果は、学術論文への掲載に至っている。 α-2,3,5-Cl3-Vで形成されたS=1/2正方格子反強磁性体は、銅酸化物高温超伝導体の母物質でもあり、その量子特性と超伝導状態の関連性に関心が持たれてきた。一方で、銅酸化物を主体とした正方格子反強磁性体では磁気相関が1000Kを越えるものが殆どで、磁場応答などを詳細に調べることができていない。本研究では、新たに実現したS=1/2正方格子反強磁性体における歪や積層相関の影響を定量的に検証し、ESRを用いて基底状態のスピンダイナミクスを明らかにした。さらに、飽和に至る磁場応答も明らかにすることができた。 β-2,3,5-Cl3-VにおけるS=1/2トレリス格子は、スピンラダー系超伝導体の母体となっている。実験例は非常に少なく、トレリス格子の形成を明示する2次元性が報告された例はなかった。本系においては、2次元性を示唆する比熱の振る舞いに加えて、飽和磁場近傍に非自明な量子相が観測された。強磁性相関を持つフラストレート系に特有のスピン多極子相関が関与している可能性が考えられた。新奇量子状態の発現の可能性を持つ新たなフラストレートモデルの提唱に繋がった。 ボンドランダムネスを持つハニカム格子Zn(hfac)2(AxB1-x) は、量子スピン液体の一種であるvalence bond glassを示唆する振る舞いが観測された。量子スピン液体状態を安定化させる一機構としてボンドランダムネスの効果を実証する重要な研究成果となった。
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Strategy for Future Research Activity |
これまでの物質設計では、主にフェルダジルラジカルの一つのフェニル基に対して、水素元素のハロゲン元素による置換を行ってきた。原子半径と置換位置の組み合わせにより、分子軌道の設計を可能にし、物質設計の知見を深めてきた。今後の主な研究実施計画としては、これまでに元素置換を行っていない他の2つのフェニル基への元素置換に取り組む。2か所のフェニル基を対象とするため、分子軌道の形状をよりフレキシブルに制御することができる。これまでの研究においていくつかのパターンでの合成を試みており、有効な合成スキームを確立することができている。最終的にはこれまで取り組んできたフェニル基への元素置換と組み合わせることで、莫大な数の磁性体の合成を可能にする。物性測定結果からのフィードバックを活かして、効率的な磁性体デザイン行う。具体例として、これまでに実現に成功しているトレリス格子や量子五角形を構築する分子構造に対して、極性変化が小さなハロゲン元素を置換することで、磁気相関を僅かに変調させる。それによって、フラストレーションの効果が強まるように磁気相関を設計し、量子状態の発現を容易にする。強磁性相関を強めた場合には、マグノンが束縛状態を形成し易くなるために、磁場中でスピン多極状態の発現も期待できる。それらの一連の物質に対する物性測定の結果を比較することで、フラストレーションの効果を反映した量子物性を検証する。必要に応じてESRやNMRの測定を行うことで、スピンの量子状態に関する詳細な知見を得る。
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