2017 Fiscal Year Annual Research Report
量子情報理論にもとづく現代的コペンハーゲン解釈についての認識論的研究
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17H07100
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Research Institution | Sophia University |
Principal Investigator |
杉尾 一 上智大学, 文学部, 助教 (50802419)
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Project Period (FY) |
2017-08-25 – 2019-03-31
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Keywords | 認識論 / コペンハーゲン解釈 |
Outline of Annual Research Achievements |
量子論が誕生して以来、いわゆる観測問題・解釈問題は、物理学者と哲学者を悩まし続けてきた。近年になって現れた弱測定・弱値は、これらの問題を解決すると期待されたものの、弱値によって量子的実在を捉えているとみなしてよいかという哲学的問題が新たに生じたといってよい。 昨年度、本研究では、ボーアによる認識論的量子解釈(コペンハーゲン解釈としばしば呼ばれる)立場からこのような問題についての哲学的研究を行った。そして、弱値を、弱測定を実行する系に依存した値と解釈することで、弱値という概念を量子的実在から切り離すことに成功した。 かつて、ボーアは被測定系と測定系の分離不可能性を提唱し、系の状態を被測定系と測定系からなる実験系の状態として考えていた。確かに、この考え方は極めて現象論的であり、物理学を実在を記述する学(少なくとも、実在を記述することを目指す学)と考える者には受け入れがたい立場である。しかし、系という概念を分析すれば、現象論的アプローチにもとづき、物理学を認識論的に捉えざるを得ないことが明らかになる。 当然ながら、各々の系を関連付ける変換規則があれば、現象についての客観的な記述は可能である。しかし、それは間主観的な意味での客観的記述であって、系に依存しない認識は存在せず、同時に、認識する現象は系という枠組みに依存していることになる。 このようなことから、弱測定に関する一連のセットアップをもとに、被測定系と測定系の関係から決定される物理量を弱値と解釈することを提案した。これにより、弱測定・弱値における時間対称性に関する物理的解釈の問題においても、逆向き因果のような不自然な因果関係を考える必要がないことも明らかにしたといえる。この研究成果について、The First Conference on Philosophy of Science で発表し、一定の評価を得た。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
ほぼ研究計画の通りに進んだといえる。昨年度の研究では、ボーアによる認識論的量子解釈(コペンハーゲン解釈としばしば呼ばれる)を踏まえ、(1) アハラノフらが提唱する弱測定・弱値における時間対称性を数学的な時間対称性にとどめ、いわゆる逆向き因果を考える必要がないことを明らかにすること (2) ボーアによる認識論的量子解釈の立場から、弱値を系に依存する値(弱測定を実行する系に依存する値)と解釈することで弱値を量子的実在から切り離す解釈を提唱すること、以上2点を主な目的としていた。 当初の研究方針では、(1) の問題を解決した後、 (2) について検討する予定であった。しかし、現象論的アプローチから、(2) の問題について一定の哲学的解答を得たことから、結果として (1) の問題もまた解決したといえる。すなわち、現象論的アプローチにもとづけば、時間対称性が弱測定・弱値の数学的記述において現れたとしても、数学的記述と現象を切り離して考えるべきであり、逆向き因果を考える必要がないということになる。 本研究に対する反論として、遅延選択実験における逆向き因果の可能性を考慮すべきだろう。確かに、遅延選択実験は逆向き因果の存在を示しているようにも思える。しかし、本研究による系に依存した現象という考え方にもとづけば、逆向き因果を考える必要はない。逆向き因果に思える現象は、実際は、遅延選択した時点での系の状態に依存する現象と解釈すれば問題ない。現象論的アプローチにもとづく系概念の分析によって、(1)、(2) の問題に対する哲学的解答を得たといってよい。そして、同時に (2) の問題を解決すれば、(1) の問題は擬問題になるということを明らかにしたともいえる。 これらの成果について研究発表を行い、参加者から一定の評価を得ている。このようなことから、研究はおおむね順調に進展しているといってよい。
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Strategy for Future Research Activity |
今年度も昨年度に引き続き、科学哲学の立場から弱測定と弱値について研究する。そして、現代的コペンハーゲン解釈をもとに、実在の要素としての物理量概念を変更し、弱値を物理的対象の認識論的要素とする新たな哲学的解釈を導く。 1935年にアインシュタイン、ポドルスキー、ローゼンらが発表したEPR論文では、物理的実在の十分条件として、物理量の値は物理的実在の要素として解釈された。ロック以来、第一性質としての物理量は、第二性質とは異なり、物理的対象の属性とみなされてきた。実際、古典論において物理量は値と結びつけられた変数によって表現され、物理量と値は概念的に結び付けられている。一方、量子論では、物理量は作用素として表現され、値とは独立な概念である。つまり、古典論における物理量概念と、量子論における物理量概念は異なる概念であるといえる。したがって、量子論における物理量概念をそのまま実在の要素に結びつけることはできないだろう。 現在、このような概念的混乱を引きずる形で、弱値が量子的対象の実在の要素か否かということが議論されている。肯定的であれ、否定的であれ、物理量概念それ自体についての分析が必要となるだろう。そして、物理量を物理的実在に関連付けることができるかどうかという問題こそ、哲本において考察すべき問題となる。 そこで、今年度の研究では、昨年度の研究を踏まえ、物理量それ自体を認識論的に捉え直すことを目指す。具体的には、観測可能量としての物理量を「私たちが観測する際の認識の枠組み」とし、この物理量に関する哲学的な洞察を数理的に表現していく。そして、このようなアプローチをもとに、弱値を認識論的な物理量と解釈し、弱値を量子的対象に関する新たな捉え方という哲学的立場を提示する。
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Research Products
(1 results)