2017 Fiscal Year Annual Research Report
1920-40年代の日本の詩における身体変容 -動物・機械のイメージを中心に-
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17J02508
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
鳥居 万由実 東京大学, 総合文化研究科, 特別研究員(DC2)
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Project Period (FY) |
2017-04-26 – 2019-03-31
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Keywords | 身体変容 / 人間概念 / 日本近代詩 / 動物論 / モダニズム |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、日本の1920-40年代の詩に多く登場する機械や動物といった「人間ではないもの」の表象の変遷を追い、近代日本社会で「人間」概念がどのように変化してきたのかを探るものである。 4月から5月にかけては、前年度末に収集した資料を読み込み、金子光晴がベルギー滞在中に、その作品から強い印象を受けた画家、ヒエロニムス・ボッシュについての論文を作成した。光晴が戦時下に書いた、時局に抵抗する詩に出現する奇妙な動物達や群衆の由来を、ボッシュが描いた図像に求めて、両者を比較考察した。聖書に由来する場面の使用、暗号のように隠された風刺的意味などを共通要素として挙げ、特に光晴の詩集『鮫』についてボッシュの影響を考察した。この論文を書く過程で、オランダにあるボッシュ・アートセンターに問い合わせを行ったが、そのさい、本論文が完成した暁には、同センターに一冊寄贈するように要請された。「金子光晴の詩集『鮫』におけるヒエロニムス・ボッシュの影響」と題したこの論文は完成し、『言語態』17号に採録された。オランダのボッシュ・センターに英訳を付けて郵送する予定である。海外でも論文を参照して貰えるチャンスとなるので意義は大きいと考えている。 7月には、日本文学協会の研究発表大会において「大江満雄の詩における機械概念の変遷」と題した口頭発表を行った。この発表では、プロレタリア詩から出発して、工場労働者として働きながら詩作を続けた大江満雄の作品における機械表象の変遷と超越性について分析した。発表の結果、同時代のプロレタリア詩との違いについて注目が集まったため、その点も調査し直して学術誌に投稿し、現在審査待ちである。 また同時に上田敏雄、春山行夫といった、人間的感情よりも言葉のメカニズムを優先して詩を書いたモダニズム詩人達についても調査を進めており、『現代詩手帖』2月号にも関連する書評を執筆した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究は、およそ12章ほどからなる博士論文として完成させる予定である。 章立てとしては、序論と結論の他、第一部では戦間期(第一次世界大戦と第二次世界大戦の間)の時期の動物と機械表象を探る。この際には女性詩人、アナキズム詩人、シュルレアリスム詩人と分けて考察する。第二部では主に戦時下の動物・機械表象を探る。取り上げる詩人は高村光太郎、金子光晴、大江満雄を予定している。このうち、現在までに第一部の女性詩人についての論文、第二部の高村光太郎、金子光晴、大江満雄についての論文を一本ずつ執筆することができた。論文概要は以下の通りである。 第一部については、女性詩人が社会の中で主体的位置を持ちにくかった時代に、どのように自我を動物に託して表現していたかを、主に左川ちかや山中富美子の作品を読み解きながら探った。第二部にうつり、高村光太郎については、彼の描く動物イメージが、他者と自己の葛藤を表現する役割を果たしていたことを考察し、太平洋戦争期には、動物が自己からは分離され、敵の象徴へと移行したことを明らかにした。金子光晴については、彼の抵抗詩に表れる奇妙な動物の由来について、作品を分析し、萩原朔太郎とヒエロニムス・ボッシュの影響があることを指摘した。 大江満雄については、彼の描く機械表象には神的な超越性と、労働者の肉体と浸透する有機性が同時に存在していたことを、同時代のプロレタリア詩と比較しながら論じた。こうして詩を調査し論文を執筆して考察する中で、研究対象とする時代の詩の中における、人間ではないものの表象の振れ幅と共通性が浮かび上がってきたところであり、博士論文の骨組みが出来上がりつつある。
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Strategy for Future Research Activity |
本研究の今後の推進方策としては、具体的にはまず博士論文の第一部で取り上げる予定の、シュルレアリスム詩人とアナキズム・未来主義詩人についての調査と論文執筆を行うことである。前者については、彼らの唱えていた「主知主義」つまり、詩から人間的感情や精神を排して、機械のように詩作する、といった思想のあり方や意味について考察したい。その時には、フランスのオリジナルのシュールレアリスト達との差異も比較する。そして、「人間的主体」を排することによって一体どのような表現が可能となったのかを明らかにしたい。 また後者については広告や産業機械に自我を破壊される様子を描写した詩を主に検討し、機械がどのように捉えられていたのかを探る。 大江満雄についての調査ではプロレタリア詩と機械の関係にも触れたため、以上の調査研究によって、モダニズム詩の中で流派(シュルレアリスム、アナキズム、プロレタリア詩など)を超えて取り上げられていた「機械」というモチーフについて、どのような差異が存在していたかを浮き彫りにしたい。それによって当時の社会に本格的に登場した産業機械によって、人々の意識がどのように変容したのかを多面的に把握することが可能となると思われる。それは機械によって「人間」概念がどのように影響されたのかを探ることでもある。 さらに、アナキズム・未来主義、またシュルレアリスムの詩には、日本のそれに特異と思われる現象として男性の女性化、女性の男性化などのジェンダー変容が見られる。このことが何を意味するかにも注目したい。 また第二部については、金子光晴の動物表象の由来を分析したが、実際にその詩を読解して動物がどのような位相で使われていたかを探ることも以降の課題である。さらに動物と機械の接点についてもジャック・デリダなどの動物論を参照しつつ考察したい。
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