2017 Fiscal Year Annual Research Report
Project/Area Number |
17J03494
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
左藤 仁宏 東京大学, 人文社会系研究科, 特別研究員(DC1)
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Project Period (FY) |
2017-04-26 – 2020-03-31
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Keywords | インド仏教 / 説出世部 / マハーヴァストゥ / ava-√lok |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、古代インドの仏教文献『マハーヴァストゥ』に含まれている経典類がいかに現在の形になったか、その経緯や背景を明らかにすることを目的とする。特に『マハーヴァストゥ』に含まれている「観察経」(Avalokita経)の成立過程が本研究においては問題とされる。 このような研究目的を見据え、本年度は、現状有力とされている2本の写本を用いながら「観察経」の読解を進め、また「観察経」(Avalokita経)の経題にも用いられている梵語動詞ava-√lok(見る、観察する)の『マハーヴァストゥ』における用例を調査し、その用法及び機能について発表した。 この用例調査によって、普通「見る、観察する」などと和訳されるところの梵語動詞ava-√lokは、少なくとも『マハーヴァストゥ』という説出世部に属する文献においては、その行為主体(観る者)は仏教的世界観における聖的な上位者であり、行為対象(観られるもの)は俗的な下位者である場合が殆どであることを明らかとした。そしてその事実と、ava-という接頭辞が下方を意味することを踏まえて、ava-√lokという動詞が『マハーヴァストゥ』においては一般に「見下ろす」というニュアンスを表出させていることを示した。このことは、『マハーヴァストゥ』を伝承していた仏教グループである説出世部が、聖典内の登場人物の聖俗の区別を強く意識していた可能性を思わせる。 また、行為主体(観る者)と行為対象(観られるもの)との間に聖俗の上下関係が見られない、例外的な少数の用例についても指摘し、『マハーヴァストゥ』内の他の用例との言語的な距離を見た。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
当初の計画では、本年度はava-√lokの用例調査と並行し、写本を用いながら『マハーヴァストゥ』に含まれている「観察経」の校訂を進める予定であったが、『マハーヴァストゥ』内の韻文箇所の処理の困難さからその進捗にやや遅れがある。韻文は通常、韻律のために規則的な音素数を有するものであるが、仏教文献の中でも際立って難解な中期インド語を特徴とする『マハーヴァストゥ』は、その写本から文意が取れかつ韻律の整った韻文を得ることが難しい。しかし、先行研究を踏まえ他文献の韻律との比較を進めるなどして、この問題にある程度対処することができるだろうと考えている。
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Strategy for Future Research Activity |
次年度は、本年度に行ったava-√lokの動詞研究を踏まえながら、『マハーヴァストゥ』に含まれている「観察経」(Avalokita経)の成立過程について研究を進める予定である。 本年度行ったようなava-√lokの動詞用例調査の対象を、他の仏教文献にまで広げ、他文献と『マハーヴァストゥ』との言葉遣いの差異を明らかにしたいと考えている。そして文献ごとの言葉遣いの差異が明らかになるのであれば、その差が時代、地域の距離に由来するのか、伝承を担う仏教グループが異なることに由来するのかについて考察を深めたい。これは言葉遣いの差から文献間の距離を探るというこのような方法論の有効性を探る試みでもある。 またこの経の成立過程研究は、写本読解と切り離すことはできず、前述したような写本上に見られる韻文独特の問題について取り組む作業と並行するだろうと予想される。
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Research Products
(1 results)