2018 Fiscal Year Annual Research Report
福島における震災経験と生活構造に関するコミュニケーション社会学的研究
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17J04548
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Research Institution | Hitotsubashi University |
Principal Investigator |
庄子 諒 一橋大学, 大学院社会学研究科, 特別研究員(DC1)
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Project Period (FY) |
2017-04-26 – 2020-03-31
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Keywords | 原子力災害 / コミュニケーション / 福島第一原発事故 / 笑い / ユーモア / 質的調査 / 問題経験 / 共感 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、異なる立場を持つ多様な生活者によって構成されている原発事故後の福島の生活構造において、その対立構造のなかでなぜ人びとは福島で生活し続けることができるのかを、他者とのコミュニケーションによって日常生活が動態的に維持されている過程に着目することを通して、明らかにすることを目的としている。 平成30年度は、震災経験から転化した日常的な知識がコミュニケーションにどのような影響を与えているのか、という研究課題にもとづいて、引き続きフィールドワークと文献調査を実施し、実証的研究を進めることができた。 福島におけるコミュニケーション分断については、ディスコミュニケーションが二分法的な枠組みを乗り越える契機を生むという観点から、ディスコミュニケーションの可能性という視座によって捉え直す必要がある。たとえばユーモアは、ズレや矛盾をあえて仕込むことによって遊びや笑いを生み出そうとする、いわば仕掛けとしてのディスコミュニケーションといえる。コミュニケーション分断の困難は、むしろそうしたディスコミュニケーションの可能性を閉ざしてしまう点に存在することを示し、ディスコミュニケーションを常態として含むコミュニケーションの実践のふくらみや豊かさに目を向ける必要性を提起した。 また、他者に聞き届けられにくい問題経験にまつわるユーモアの実践に着目し、共感の笑いについての理論仮説を示した。笑いの社会的機能に関する理論では、共感と笑いとの距離が論じられるが、経験をもとに人びとの共感を得ることで笑いを取るユーモアでは、いわば共感の笑いが生じうる。そうした共感の笑いがもつ社会的意味とその可能性について検討を進めることができた。 加えて、発展的な研究課題として、本研究での調査経験を省察しつつさらなる精緻化を図るため、得た知見を質的調査研究の方法論へと展開する可能性を探り、質的調査についての考察を深めることができた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
現地調査については、福島県福島市を中心としたフィールドワークを継続的に実施することができ、本研究に欠かせない通時的な分析のためのデータを収集することができた。具体的には、調査対象地域の現状把握のための聞き取り調査と資料収集、祭りや催事などの地域文化活動への参与観察、震災経験やその後のコミュニケーションに関するインタビュー調査などを、おおむね計画通りに遂行することができた。 また、コミュニケーションに関する理論的研究や、福島における原発災害の被害に関する事例研究を中心とした文献および資料の調査についても、計画通り並行して進めることができ、先行研究の整理および検討を継続することができた。 これらの調査を通した現段階での研究成果については、分断とディスコミュニケーション論を主題とした2018年9月の日本社会学会での口頭発表、および共感の笑いについての理論的考察を主題とした2018年9月の日本社会学理論学会での口頭発表へとまとめられており、いずれも発表での議論をふまえた論文の執筆へと進展し、現在取り組まれている。 さらに、当初の研究計画に加えて、研究課題の精緻化に向けた発展的な取り組みとして、フィールドワークや質的調査研究の方法論についての考察を進展させることができた。現在、本研究での調査経験をふまえつつ、過去の質的調査研究の事例に関する再検討を行った論考を執筆中であり、令和元年度に公表する予定である。 以上の理由から、本研究の現在までの進捗状況は、おおむね順調に進展している、と判断する。
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Strategy for Future Research Activity |
今後の研究については、おおむね当初の計画通りに推進する予定である。 令和元年度は、これまでの実証的研究をさらに深めながら、それらの成果をもとに、日常生活における震災経験と横断的なコミュニケーションとの関連を整理し、災害と生活構造に関する動態的分析にもとづく理論的研究を行うことを研究課題とする。その際、これまで注目してきた事例として、原発事故後の福島におけるユーモアや笑いをめぐるコミュニケーションの実践を引き続き中心的に取り上げ、本研究の総合的な成果をまとめていきたいと考えている。 現地調査については、中通り地方における通時的なフィールドワークを継続するとともに、これまでの調査協力者との関係のなかで見出された隣接地域での事例との関連も視野に入れながら、さらなる展開可能性を探っていく。また、震災経験と生活構造に関する理論的研究を中心に、研究動向を再整理して実証的研究の成果を導入するために、文献調査を継続していく。 研究成果の公表については、これまでの成果の取りまとめへと移行し、学会での口頭発表および学術雑誌への論文発表を進めていく。とりわけ、本研究の最終年度として、研究成果のアウトプットに重点を置いた取り組みを進めるにあたっては、その公表の過程についても、これまでの調査と同様に、調査協力者への丁寧かつ誠実な対応を心がけていく。 さらに、平成30年度から取り組んできた発展的な研究課題として、質的調査研究の方法論に関する考察をさらに深め、本研究課題および方法論の精緻化にも積極的に取り組んでいく。
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