2018 Fiscal Year Annual Research Report
Project/Area Number |
17J05393
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Research Institution | Tokyo National University of Fine Arts and Music |
Principal Investigator |
佐藤 康太 東京藝術大学, 音楽学部・大学院音楽研究科, 特別研究員(PD)
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Project Period (FY) |
2017-04-26 – 2020-03-31
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Keywords | コントラファクトゥア / カンタータ / 筆跡鑑定 |
Outline of Annual Research Achievements |
2018年度は、前年度にデジタル化された史料に基づき、楽譜から歌詞を書きだすトランスクリプションの作業をすべて完了した。並行して歌詞の出典の同定を試み、特に1710年代~20年代のカンタータ詩が主に用いられていることを発見した。また用いられている詩はほとんどが断片的である他、しばしば大幅なカットや詩句の改変が施されていることも確認した。 その後、史料の成立年代をより厳密に特定するため、詳細な筆跡鑑定を行った。すでに先行研究でも明らかにされている通り、楽譜史料の主な部分はグリンマのカントル、ヨハン・ジークムント・オーピッツによるものである。今回の調査では特にオーピッツ以外の筆跡による部分を詳細に分析した。筆写者は基本的にグリンマ侯立学校の生徒であると予想されるため、筆写者の名前が明記されているものに関しては学校の在籍者名簿と照合し、その在籍年を特定した。その結果、多くの筆写者は1740年前後にグリンマに在籍していた生徒であることが分かった。これはオーピッツが、グリンマに赴任した1736年から5、6年の間に大部分のコントラファクトゥアを作成したことを示している。 一方で、1760年前後に在籍した生徒による筆写譜も一定数確認された。これはオーピッツの次のカントルであるヨハン・ザムエル・ジーボルトの時代にあたる。この事実は、当初の予想よりも長い時間的広がりをもって、コントラファクトゥアが作られていたことを示している。オーピッツ時代の作品がすべて複数楽章からなるカンタータであるのに対し、ジーボルト時代の作品はすべて単一楽章の合唱作品となっており、内容面でも違いがある。 さらに、いくつかの史料でオーピッツよりもさらに古い層が確認された。これについてはグリンマではなく近郊のライスニヒのカントル、ヨハン・メルヒオール・シュトックマーによるものである可能性があり、より詳しい調査が必要である。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
楽譜史料の精密な調査により、グリンマのコントラファクトゥア群の成立年代がかなり厳密に特定された。さらに、これまでオーピッツ一人によるものと考えられてきたこれらの作品が、実際にはその後の時代にも作られていたことが判明した。このことは今後作品の内容を見ていくうえでも非常に重要な観点になるだけでなく、18世紀半ばにおけるコントラファクトゥアの年代的広がりを考える上で意義ある発見である。また2018年度においては推論に留まったが、もしオーピッツ以前の層がグリンマではなくライスニヒ由来のものであるとしたら、コントラファクトゥアの地域的広がりを考える上で極めて重要な示唆を与えるものとなる。 このように特に史料分析の面で、当初予想はしていなかったものの、今後の研究の展開につながる重要な結果や視点が得られており、計画以上に研究が進展していると評価する。
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Strategy for Future Research Activity |
史料の分析から課題として浮かび上がった、ライスニヒとグリンマの関係についての調査がまず必要である。ライスニヒのカントルであるシュトックマーについてはほとんど先行研究が存在しないが、彼の時代にライスニヒで使われた教会音楽の歌詞印刷本が現地に残されているという。したがって現地にてそれを確認し、グリンマに所蔵されている楽譜の歌詞と照合することで、グリンマの楽譜がライスニヒ由来のものであるかを調査することができる。同時に、現在ライプツィヒの文書館に所蔵されているグリンマ侯立学校の楽譜購入記録を精査し、オーピッツ前後の時代において、どの程度他の地域から楽譜の流入があったかを確認する。 以上の現地調査の他、コントラファクトゥア稿とハッセによるオリジナルのオペラの比較を行い、実際にどのような変更を加えているのかを細部まで明らかにしていく。これは歌詞と音楽の二段階で行う。歌詞に関しては、2018年度に作成したコントラファクトゥア稿の歌詞のトランスクリプションと、当時のオペラ台本を比較する。多くのコントラファクトゥアで歌詞に原典が存在していることから、オリジナルのイタリア語の韻文との対応関係はあまり厳密ではないことが予想される。音楽については、グリンマのカントルたちがもとにしたであろうドレスデン由来のスコアとコントラファクトゥア稿を比較し、どの程度改変が行われたのかを解明していく。イタリア語からドイツ語に歌詞を書き換えると多くの場合アクセント構造が変化するが、その変化に音楽をどの程度合わせているのか、また歌詞の内容が大幅に変わる場合に、音楽の内容にも変更を加えているのか、といった点が重要な分析の観点となる。これらの点を注意深く観察していくことで、グリンマのコントラファクトゥア群がどのように作成されているのかを、具体的なレベルで明らかにすることができる。
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