2019 Fiscal Year Annual Research Report
アッシリア帝国、新バビロニア帝国、アケメネス朝ペルシアにおける書記と書記文化
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17J06451
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Research Institution | Sophia University |
Principal Investigator |
伊藤 早苗 上智大学, 神学部, 特別研究員(PD)
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Project Period (FY) |
2017-04-26 – 2021-03-31
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Keywords | アッシリア帝国 / 新バビロニア帝国 / アケメネス朝ペルシア / 書記 / 学識者 / ネットワーク / 書簡 |
Outline of Annual Research Achievements |
慶應義塾大学の三田史学会では前7世紀のアッシリア帝国における、当時の学識者であり王族や統治機構の助言者として宮廷に勤務していた書記を含む所謂「学者」のソーシャルネットワークに関する口頭発表を行った。サンディエゴで開催された米国オリエント学会の年次大会では、これら「学者」のなかでとりわけ影響力の強い書記であった書記長と宮廷書記のソーシャルネットワークに関するポスター発表を行った。 ヘルシンキ大学で開催されたワークショップでは、王室書簡の受取り手の一集団として現れる、様々な都市や民族集団の「市民」についての口頭発表を行った。また筑波大学西アジア文明研究センターにて、文部科学省科学研究費補助金新学術領域研究『都市文明の本質:古代西アジアにおける都市の発生と変容の学際研究』プロジェクトの研究会において、アッシリア帝国の「市書記」に関する口頭発表を行った。「市書記」はアッシリア王国最初の首都アッシュル市にのみ存在し、書記学校の書記でありバビロンの最高神との強い関連を示す名前を持つ人物を祖先とする家系で受け継がれ、「市書記」の実務を記す文書はないものの、「市書記」がアッシリアの最高神アッシュルの神殿で国家祭儀をも行ったことも指摘した。 研究論文2本をアッシリア研究の世界的拠点の一つであるヘルシンキ大学の叢書State Archives of Assyria Studiesに投稿し、両論文とも採用された。1本目はvol. 28に掲載されており、アッシリア帝国最盛期の王アッシュルバニパル(669-c. 630 BCE)の最大の政敵のひとりであるナブー・ベール・シュマーティの捕獲について、書簡史料を用いて詳細な歴史的再構成を行った。2本目はvol. 29に掲載されており、アッシリアという多言語帝国の王室書簡における言語と文字の選択・利用について明確にした。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
アッシリア帝国における書記と書記文化に関する研究は、おおむね順調に進展した。アッシリア帝国には、初等教育を終え実務的な文書の作成のみに携わった書記と、高等教育やさらには専門教育を受けたより高位の書記が存在した。後者の書記は、初等書記教育、高等教育、分野毎の専門教育を受け、都市の宮殿や神殿に勤務していた占星術師、祓魔師、卜占師、祭儀歌師、医師などとともに、都市や地域、国境を超えて交流し、学識者ネットワークを形成し、学知の伝統の形成と継承を行っていた。とりわけアッシリアの首都の王宮に勤めていた学識者達は、文学作品の編纂・複写、政策の提言、王碑文や王室書簡の作成を担ったと考えられる。 書記による王室書簡の作成にあたっては、支配者の言語と書体である新アッシリア語および新アッシリア書体の楔形文字が主に用いられた。しかしアッシリア王は、南部からの、また南部への書簡では、新バビロニア語の使用を認めていた。そのため、南部へ送る書簡作成の場合、草稿の初期段階では書記は新アッシリア語と新アッシリア書体を使用し、次の段階で新バビロニア語に翻訳し、それでもなお翻訳の始めの頃は新アッシリア書体で、後に新バビロニア書体で作成したと考えられる。記録のため書庫に収める書簡の複写を書記が作成する際、再び書簡全体、もしくはその一部を新アッシリア書体へ切替えすることもあったようである。
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Strategy for Future Research Activity |
今後は新バビロニア帝国およびアケメネス朝ペルシアの書記と書記文化の研究をさらに進めていく。2019年前半は、ライデン大学の研究プロジェクトによる新バビロニア帝国およびアケメネス朝ペルシアの人物に関するデータベースが公開されておらず、ライデン大学の研究者の協力が必要であった。しかしながら年度の後半には上記データベースがオンラインで無料公開されたため、これを今後自身で活用していく。このデータベースから得られた書記と学識者ら計32名について、彼らの出自や出生地、活動拠点、活動時期、家系・家族・親族構成、財産、職業、職務、人脈等を明らかにしてゆく。 またミュンヘン大学の王碑文データベースから新バビロニア帝国時代およびアケメネス朝ペルシア時代の王碑文等に繰り返し現れるテーマや概念、定型的表現を検出し、書記や学識者による学知の伝統と継承の在り方を探る。 当面国際学会やワークショップの開催は中止もしくは延期されているため、小規模な国内学会や研究会において口頭発表を行い、国内の研究者と学術的議論を交わしたい。また同分野で国際的に活躍する研究者とはオンライン上でやり取りしフィードバックを得て、研究を発展させる。
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