2017 Fiscal Year Annual Research Report
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17J08733
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
加藤 広和 東京大学, 人文社会系研究科, 特別研究員(DC1)
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Project Period (FY) |
2017-04-26 – 2020-03-31
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Keywords | フランス文学 / ヨーロッパ文学 / ルネサンス / 古典受容 / 模倣 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究では、モンテーニュ『エセー』における模倣論の位置を、同時代の人文主義者の議論の伝統及びモンテーニュの作品内における論理的つながりという二つの側面から解明することを目標として掲げた。当該年度においては、この目標の達成のために必要な作業として、これまでのモンテーニュのテクストに留まっていた研究からコーパスを拡げ、書簡を中心とする先行する人文主義者のテクストへと研究を発展させた。これにより、モンテーニュの模倣論の同時代的解明という課題がより具体的なものとなり、「記憶」というテーマ的問題と、書簡という形式的問題の二つが浮き上がってきた。人文主義的、修辞学的伝統に反して、『エセー』の執筆において作者が自らの記憶力の悪さを積極的な要因として認識していることはすでに指摘されてきたが、この、記憶力に対する態度の転換がいかにして可能になったのかはあまり論じられることがなかった。当該年度における検討により、記憶力の悪さを選択的に利用すること、あるいは、古典テクストの作者の名前を恣意的に消し去り、自らの名のもとに簒奪することは、モンテーニュが『エセー』を執筆する以前にルクレティウスの読書などを通じて固めた世界認識によって可能となったことが明らかになった。また、その記憶力の悪さはモンテーニュの文体にも影響していることが指摘されている。『エセー』という特異な書物には種々の原型が認められているが、その文体的起源の一つには書簡という形式があることも知られている。本研究はこのように『エセー』の特異性を可能にした要素としてすでに指摘されてきた様々な論点を、模倣および記憶という観点から統合するものといえるであろう。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
当初の計画では当該年度においてはモンテーニュの思想におけるその模倣論の位置を検討するとしていたが、その問題については先年度に一定程度の進捗が見られたため、次の過程として、研究のコーパスを広げ、先行する人文主義者たちのテクストを分析することとした。そのため、ルネサンス期のものを含むイタリア語や古典ギリシア語の知識を習得し、当時の人文主義者のテクストへアクセスする最低限の能力を身に付けた。そのうえで、ペトラルカを中心とする人文主義者の書簡や、エラスムスの対話篇などを検討したことで、モンテーニュの模倣論がどのような点を先行する議論から引き継ぎ、どの点において特異なのかが明らかとなった。また、その過程においてそもそも書簡という形式が『エセー』の執筆に重要な寄与をしていたことを認識し、当研究の目標の一つである、『エセー』のにおける一人称の語りを可能にした条件の解明のために、思想的アプローチと形式的アプローチの二つを行い、それを統合するという道筋が描かれた。これは当初から計画していた、ディシプリンごとに分断されがちなモンテーニュという作家の研究を総合するという方針が具体的な形で可能となったものといえる。 一方、当初計画していた研究成果の公表については達成できなかった。この点については翌年度における最も重要な課題としたい。 これらの点を総合すると、当該年度の進捗状況は、おおむね順調に進展しているといえる。
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Strategy for Future Research Activity |
今後はルネサンス期における書簡という場をより詳細に調査し、書簡という形式が一人称の語りを可能にしたという先行研究の指摘を検証するとともに、もしそれが事実なら、その過程をより精密に跡付けることを目指す。それによって、書簡という形式が『エセー』の執筆にもたらした寄与を測るのみならず、記憶という問題がいかに扱われてきたかの変遷も明らかにする予定である。また、モンテーニュの作品については、今後はとくにその文体的特徴に着目し、その文体を取らせた思想的背景、文体と思想との相関関係などを、先行研究を調査しつつ分析していく。これによってモンテーニュが『エセー』の中で表明している倫理観、それが表明される文体、『エセー』という形式といった、『エセー』の(すべての側面ではなくとも)諸側面を統一的に記述することを目指していく。その際には先行研究史も意識し、日本という場でヨーロッパ文学を研究していることをいわば奇貨として、各国・各言語によって分かれがちな研究上の関心を統合することも意識する。 さらに、研究指導の委託などを通じて、フランスの研究機関で研究を進めることも予定している。ルネサンス期のヨーロッパ文学という研究対象は日本の既存のディシプリンに収まりづらいため、海外の研究機関で専門的な指導を受けることはこの時代の文学の統一的な理解に寄与するであろう。 最後に、研究内容の公表も重要な課題として遂行する。上に記したような個々の論点について、日本フランス語フランス文学会や紀要などを通じて公表していく予定である。
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