2017 Fiscal Year Annual Research Report
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17J08886
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
板橋 暁子 東京大学, 人文社会系研究科, 特別研究員(DC2)
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Project Period (FY) |
2017-04-26 – 2019-03-31
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Keywords | 正統 / 周縁 / 五胡十六国 / 西晋 / 東晋 / 魏晋南北朝 |
Outline of Annual Research Achievements |
2017年度の国内報告「東晋中期における「内」と「外」――慕容コウの遣使・書簡を手がかりに――」(「2017年度若手アジア史論壇ワークショップ」、日本語報告、2018年3月10日)では、五胡十六国時代の有力な非漢人政権のひとつであり、東北部から両晋朝に称臣した慕容部政権(前燕)の実質的な二代目君主である慕容コウが、東晋成帝への遣使と書簡を通じて外戚ユ氏の専制を批判し、その結果、藩屏でありながらも東晋から「異姓封王」の追認を得ることに成功した経緯とその意義を主題としてとりあげ、東晋初期から中期にかけての「天下」観の変動と併せて論じた。 また、2017年度1回目の国外報告「《日本書紀》中的「勸進」與中國典籍的關係――以<武烈紀>、<繼體紀>為例」(香港中文大学中国文化研究所主催「2017 Young Scholars' Forum in Chinese Studies」、中国語報告、2017年5月25日~27日)では、『日本書紀』にたびたび出現する「勧進」的状況のうち、第25代武烈の即位時に両晋交替期の劉コン「勧進表」を模倣した文章(発言)が大伴金村によって提出され、第26代継体の即位時に中国式「勧進」行為の描写がそれぞれ挿入された意義を考察した。 2017年度2回目の国外報告「前凉勤王小考」(清華大学歴史系主催「ソウル大学・東京大学・清華大学研究生論壇および2017年清華大学歴史系研究生論文報告会」、中国語報告、2017年10月20日~24日)では、中国本土の最西端に成立した漢人政権である涼州張氏政権(前涼)と西晋末期の長安朝廷、そして東晋王朝(建康朝廷)との関係性を主軸として論じた。本報告は西晋末期年号の使用問題を通じて、東晋が西晋を継ぐ唯一の正統王朝であることは五胡十六国時代の漢人政権にとって自明であった、という従来の基本的な認識を問い直す観点を提出した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
申請者は、日本学術振興会特別研究員(DC2)としての研究課題「魏晋南北朝時代の「正統」と「周縁」」と直接関連する論文を2017年度中に雑誌上で発表することはなかったが、国外(中国・香港)で2回、国内で1回の学会報告をおこなった。それらはそれぞれ異なる主題を用いて研究課題へのアプローチを試みたものであり、今後、論文の形で雑誌に発表する予定である。 国外報告のうちひとつは、五胡十六国時代、中国の最西端に成立した前涼政権と末期西晋/初期東晋王朝の関係に焦点を当て、国内報告では同じく五胡十六国時代の中国東北部に勢力を誇った前燕政権と中期東晋王朝の関係を論じた。いずれも、本研究課題の特徴である、中国本土の周縁地域に割拠し自立性を高めつつも王朝に称臣をつづけた藩屏の動向に主眼を置き、藩屏と中央(王朝)との関係性の推移を主軸として、当時における正統観の実相を検討したものである。本研究では魏晋南北朝時代のなかでもとくに分裂状態の著しく、かつ史料が限られるために先行研究の蓄積が比較的少ない五胡十六国時代に重点を置いており、この時期の華北親晋勢力のなかでもとくに発展を遂げた漢人/非漢人政権である前涼と前燕をとりあげたことで、本研究は一定の進展をみたと考える。このような個別事例の検討を通じて、当該時代の正統観や中央-周縁関係の多様性を浮かび上がらせることが、当該時代の総体的特質および後世への影響を再把握することにつながるであろう。 また、もうひとつの国外報告は、古代日本の史料編纂の場における魏晋南北朝時代の正統観・歴史観の影響に着目したものであり、中国本土外において中国典籍由来の「正統-周縁」観念がどのように受容され展開されたか、それが古代東アジア世界の展開にどのような影響を及ぼしたか、を考えてゆく手がかりになりうる。その意味で、こちらも本研究の課題達成に向けて一定の成果を収めたと考える。
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Strategy for Future Research Activity |
近年の魏晋南北朝史研究とくに北朝史研究は、華北各地から続々報告される新出墓誌を材料とする傾向が主流化しているが、申請者のこれまでの研究実績は、魏晋南北朝史研究者がほぼ例外なく目を通す『晋書』『資治通鑑』など代表的な編纂史料の再検討、とくに(後代の編纂者ではなく)当時の人間が執筆したと考えられる文書を収録した部分とその背景を詳細に分析することで、従来看過されてきた歴史的意義を考察するものであった。しかし、19世紀末以来敦煌やトルファンなど中国の西端地域から発見された断片的な出土史料中にも、魏晋南北朝時代の人々の手になる文書があることはすでに確認されており、さらにまた、魏晋南北朝時代の人々の著述を後代の人が写した(現行の編纂史料の内容とは必ずしも一致しない)著述も敦煌・トルファン文書のなかにしばしば見出されている。これらの文書そのもの、そしてこれらを材料として蓄積されてきた敦煌・トルファン文書研究の膨大な成果を、「周縁」的地域の視座に留意しながら取り入れてゆくこともまた、今後の本研究を進展させる上で重要である。 さらに、五胡十六国時代全体を扱った最初の史書である北魏崔鴻『十六国春秋』は早くに散逸したが、その復元を目的として明代の屠喬孫らが編纂した『十六国春秋』は、清代以来「偽書」と位置づけされてきたため史料としては十分に注目されてこなかった。本研究では、湯球『十六国春秋輯補』等とともに屠本『十六国春秋』の活用も視野に入れ、正統観の変遷という点からみた五胡十六国時代の全体像を再構成してゆきたい。
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