2018 Fiscal Year Annual Research Report
能の詞章の文字化に伴う作品・作者概念の成立の研究―世阿弥自筆能本の文字表記から
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17J10740
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
佐藤 嘉惟 東京大学, 総合文化研究科, 特別研究員(DC1)
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Project Period (FY) |
2017-04-26 – 2020-03-31
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Keywords | 謡本 / 能楽論 / 世阿弥 / 金春禅竹 / 音曲論 / 文字 / 書誌学 |
Outline of Annual Research Achievements |
研究実施計画に記した三点の作業過程に分けて述べる。 (一)については、東京大学史料編纂所所蔵の観世元忠章句謡本(元忠本)を中心に調査を行った。昨年度は、観世元頼章句本(元頼本)とされた謡本のうち、『安達原』が元忠本であることを明らかにした。今年度はさらに、元頼本と書誌的特徴を共有する元忠本として『舞車』『鳥追船』『錦木』『反魂香』『生贄』を挙げることができた。さらに、元忠本・元頼本の両本が存在する『生贄』の詞章が、どちらも書写された時点での詞章は共通していることを明らかにした。それにより、従来指摘されていた詞章本文の差異の発生を、謡本の作成の経緯によって裏付けることができた。 (二)については、仏教歌謡の譜本の形態的研究に先立ち、その謡本への影響関係を論ずる前提として、猿楽者が記した能をめぐる言説について明らかにすることを主眼とした。まず、世阿弥と金春禅竹の能楽論における「字・文字」の用例を総合的に検討し、音曲論に親和的な概念として「文字」が用いられたことを明らかにした。その中で梵字悉曇をめぐる言説を禅竹が摂取していることを確認し、仏教歌謡の影響を想定する根拠を得られた。さらに、能楽論の仏教的背景を明らかにすべく、金春禅竹の『明宿集』において従来等閑視されてきた「当意即妙」という表現の注釈的研究を行った。その結果、おもに天台宗の法華経の講釈や口伝法門の伝達といった場で用いられた「当位即妙」や、和歌の注釈書等に現れる「当位即妙」を『明宿集』の背景に想定する必要があることも明らかになった。 (三)については、近世期の作者付等についての十分な進展は得られなかったが、その前提として、能勢朝次『能楽源流考』を補う室町期演能記録の集成作業を行った。これは野上記念法政大学能楽研究所の依頼型共同研究「能作品の仏教関係語句データベース作成と能の宗教的背景に関する研究」に関連し公開予定である。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
研究計画の段階で想定した書誌・形態の研究については一定の成果を得られたと考える。また、能楽伝書の中の音曲論において、研究課題であるところの詞章の文字化をめぐる猿楽者の認識を明らかにできたことも一定の成果である。また、当初予想していなかったような能楽論の仏教的背景を明らかにすることができたので、研究は着実に進展していると考える。
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Strategy for Future Research Activity |
最終年度に入るにあたり、それまで触れられなかった書誌・形態的な影響関係について明らかにしていきたい。とくに書誌の点で特徴的な戦国期の金春流謡本の研究に着手し、版行以前の時期の謡本の全体像について考究したい。2018年度の成果の一部は2019年度刊行予定の論文集に掲載が決定しているが、その他の成果を雑誌論文として公表すべく論文化も進めていく。
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Research Products
(1 results)