2017 Fiscal Year Research-status Report
Antlers of Rebirth : Mythic Image of the Golden Deer of Eurasia from the Siberian Collection of the State Hermitage Museum
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17K02324
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Research Institution | Tama Art University |
Principal Investigator |
鶴岡 真弓 多摩美術大学, 美術学部, 教授 (80245000)
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Project Period (FY) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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Keywords | エルミタージュ美術館 / 鹿角 / スキタイ美術 / シベリア / アルタイ / トーテミズム / 生命循環 / 黄金素材 |
Outline of Annual Research Achievements |
初年度の調査対象としたエルミタージュ美術館蔵・ピョートル大帝シベリア・コレクションの代表作例「黄金の鹿」や「パジリク・カーペット」の「鹿」造形と、ロシア国立民族博物館蔵の関連作例、ならびに黒海沿岸地方とアルタイ共和国出土の動物意匠が、2017年度、大英博物館で開催の特別展「スキタイ人-古代シベリアの戦士たち」(2017年9月14日-2018年1月14日)に移動展示され一堂に会した。そのため「黄金の鹿」(前7世紀、黒海北岸クバン地方出土)のみならず、鹿信仰に関連する多数の複合的動物意匠の細部を、まとめて調査可能とする機会を得た。「鹿を口に咥える鳥の被り物」(前4-3世紀・アルタイ・パジリク遺跡出土)やミイラ化した「男性埋葬者の入れ墨」(前6-5世紀頃・同遺跡)などの最重要作例がそれに含まれる。 特に弓矢容器の金工芸術である「黄金の鹿」には呪術的な鹿角の強調がありスキタイ(イラン系)戦士階級の祖霊動物崇拝(トーテミズム)が反映されていることが確認された。アルタイ地域の出土物からは遊牧民のシャーマニズムの背景解明の手がかりとなる「部位複合形態」が多数確認された。「黄金の鹿」同様、極めて貴重な「首領の被り物」の装飾にも鹿角が大枝のように強調されている。鹿造形が単体ではなく鳥が鹿を襲う「動物闘争文様」を形成している特徴も確認できた。 同展ではスキタイ美術の「植物」表象も展示され「戦士・女神・生命の木」の図像を示す金工作例(前4-3世紀)は「死せる英雄」が転生する生命循環への祈願を暗示し、素材の「黄金」は「太陽」を表象する(Simpson,St.J.&Pankova,S.,Scythians: warriors of ancient Siberia,Thames and Hudson,2017)とされ、「黄金の鹿」の解釈においても、鹿角崇拝と黄金素材の関連を考える糸口を得られた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
大英博物館で開催された特別展「スキタイ人-古代シベリアの戦士たち」において、黒海周辺部からシベリアまでに出土した、「鹿」を主とする「スキタイ動物意匠」が一堂に会した。そのため、極めて効率的に、初年度計画(ロシア、サンクトペテルブルク)と第3年度計画(アルタイ共和国)の主要博物館所蔵品調査を一カ所の特別展において達成できたことは大きな成果であった。しかしこのまたとない機会の調査に重きを置いたため、初年度に計画した北欧「スウェーデンのゴトランド島の動物意匠」に伴う「蛇状」の「組紐文様」の調査はおこなえなかったので、これは第2年度か第3年度に実施する。 初年度で大英博物館の特別展により「鹿」「グリフォン」「豹」「馬」「鳥」「狼」「熊」などの動物造形表象が豊富に観察された。一方、その豊富な表現を「形象」によって残した、黒海北岸からシベリアまでの民族の「神話」のみならず、伝統社会に推察される「動物」をめぐる儀礼とその伝承の関係については、調査が十分とはいえない。同展に出展されていた「スキタイ美術」とそれに関係する「シベリア」の造形は、出土地が広範囲に及んでいることもその要因である。 当展覧会の図録に示された都市の位置を指標とすると、東は現在のロシア沿海州のウラジオストクから、西はフィンランド湾に望むサンクトペテルブルクにまでに及ぶ。それは当研究が目的とする先史以来の「ユーロ=アジア世界」に展開した「鹿信仰」「鹿角信仰」文化の範囲に重なっている。そのなかから「鹿角」信仰を特徴とする「シャーマニズム」にかかわる「生命循環」の神話および観念を、計画に従って、ユーロ=アジア世界の「西部(ケルト・東欧)」「中央(草原地帯)」「東部(シベリア・沿海州)」の3分類地域から抽出し、造形表象と神話のパラレルな関係を見出し、より精度の高い研究調査を推進する必要がある。
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Strategy for Future Research Activity |
ユーロ=アジア世界の「西部・中央・東部」の東西を貫く「鹿信仰」は、その「南北関係」においても観察されねばならないことは、初年度に以下の付随的調査からも明らかになった。すなわち大英博物館における特別展でのスキタイ美術の動物意匠の調査以外に、古典古代以前のバルカン半島と地中海世界に広がった初期農耕文化の「古ヨーロッパ」時代(前7000-前1500年)末期を飾る、クレタ・ミュケナイ文明に属する有角動物造形を表現した豊富な「印章」を調査することができた。その成果として、地中海世界に接したイラン系民族の王族の伝統である「鹿のトーテミズム」に連なる初期農耕民の有角動物信仰の重要性も確認できた。 この成果を得て、第2年度は、計画にあるユーロ=アジア世界の中央を占める遊牧・騎馬民族の「動物」造形表象と、「黄金」の造形表象の両方を蔵する、カザフスタン国立博物館所蔵品等の調査とともに、ユーロ=アジアの「南北」関係の観察も進展させていく。 聖獣としての「鹿崇拝」「鹿神話」の根幹には、森や草原で人間が鹿に出会うと「新天地」や「旧領土の復興」が約束されるという信仰が、ユーロ=アジアを貫いて観察されると予測される。しかし一方ケルト神話にもあるように、この動物が素早く身を隠し、あらぬ方向へ疾走する性質から、「鹿」が地上のこの世と、地下や森の奥の「冥府」や「異界」と関係しているという観念がそこに控えている。生命再生のためには「死」を通過し「死・生=再生」が実現されるという信仰が根幹にあり、「蘇生」「再生」の生態的象徴が、「季節毎に生え替わる鹿角」に託されてきたと推測される。 この神話的観念と信仰を明らかにするには、言葉による「神話以前」の造形表象活動の最古層を成すシベリア、モンゴル、中央アジアの「岩画の鹿造形」(例:東シベリア、スルハト山脈・チュルク系ハカス)も対象として推進していく。
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Causes of Carryover |
残金は、平成29年度に実施できなかった北ヨーロッパの博物館・遺跡調査等における、動物・植物神話関係の実物資料費として使用を予定している。 また、平成30年度はユーロ=アジア世界の中央を占める遊牧・騎馬民族国家で、「動物」の造形表象と「黄金」の造形表象の両方を蔵する、カザフスタン国立博物館所蔵品等の調査等において、ユーロ=アジア世界の「南北」関係の観察も進展させるため、該当地域の調査旅費および関連資料購入費として使用予定である。
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Research Products
(11 results)