2018 Fiscal Year Research-status Report
Antlers of Rebirth : Mythic Image of the Golden Deer of Eurasia from the Siberian Collection of the State Hermitage Museum
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17K02324
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Research Institution | Tama Art University |
Principal Investigator |
鶴岡 真弓 多摩美術大学, 美術学部, 教授 (80245000)
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Project Period (FY) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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Keywords | スキタイ / 黄金の鹿 / シベリア / 大角 / 意匠・文様 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究の重点調査対象作例である「スキタイ」動物美術の「黄金の鹿」造形の作例を、前年度は大英博物館特別展(「スキタイ人 The Scythians」)で調査した。その成果を踏まえ当該年度はロシア、サンクトペテルブルク市、国立エルミタージュ美術館(博物館)の4つの部門で調査し成果を得た。同館の至宝①ピョートル大帝の「シベリア・コレクション」を礎とする「黄金コレクション」、及び同館地上階の展示室全体を占める②「シベリア」、③「中央アジア」、④「コーカサス」のユーラシア各地域の先史「鹿造形」の代表的作例の全容を調査し、上記①の「黄金製」(黒海とカスピ海の間、コストロムスカヤ出土、前7-前6世紀の作例など)のみならず先史ユーラシアからヨーロッパにわたる前2200年以降の青銅、前800年以降の鉄、さらに数千年前のロック・カーヴィングの鹿造形も調査できた。 具体的にピョートル大帝のコレクションでは、スキタイ美術に典型的な「大角」、「座る姿勢の鹿」、「立つ鹿」、「走る鹿」を形態別に観察し、儀礼武具や服飾の装飾、および黒海を挟むギリシャの美術から影響を受けた具象の「スキタイ戦士」と「動物」に融合様式を観察できた。またスキタイのみならずインド地域と近代中国宮廷の冠装飾までの「ユーロ=アジア世界の東西」の「黄金の動植物」意匠を比較できた。ロシア領内の「シベリア」を中央にして、南は「ギリシャ」、東は「インド・中国・極東」までの黄金製の動植物意匠・文様のシークエンスを把握できた。 鹿の「大角」の強調に「黄金」が用いられたことは為政者の権威の表象という世俗的価値を超えるシンボリズムが推定できる。黒海沿岸からシベリア全域、中国東北部までの王族墳墓の副葬品として、「死後の世界」の闇を照らし再生を約するものと認識され、「春に生え替わる鹿角」は「生命循環」や「太陽の蘇生」の表象として解読可能とする成果を得た。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
2018年度に調査を実施できたエルミタージュ美術館は、本研究が対象とする「黄金の鹿」の作例を蔵するピョートル大帝のシベリア・コレクション展示室とは別に、ロシア考古学が発掘・保存・修復・復元の近現代史を刻んできたユーラシア全域の考古学遺物のなかには、多数の「鹿」造形が認められる。「シベリア」「中央アジア」「コーカサス」の3部門に分かれて展示されている、22000年前から、前3世紀に及ぶ作例の全貌から、「鹿」造形を核に、「鹿角」「鹿のポーズ」、それらの用途である「副葬」「儀礼・祭礼」の観点から比較研究する重要な調査を2018年度中に行なうことができた。 特にシベリア北東の「アルタイ」地方パジリクの第5墳墓出土の、前5~3世紀と推測される世界最古の大型フェルト掛け物には、「鹿の幻想獣」が表現され、また同墳墓から「騎士」と「ヘラジカ(トナカイ)」の行列が織り込まれたパイルのカーペットも出土し、その詳細を調査できた。前者のフェルトはローカルなアルタイの工房で、後者は織の技法・染織・図像からアケメネス朝ペルシャとパジリク文化を繋いだ中央アジア騎馬遊牧民の「仲介」があったと推測されているが、その解釈に見合う「鹿」造形の表現が観察された。茜色の華やかな染めのペルシャ性に対し、ヘラジカ(北方にのみ生息する)の「野生」の雰囲気には優れた動物観察の「アルタイ性」が認められ、両方の美的要素がはらまれていることが、形態・素材・色彩・技法の細部に把握できた。即ちパジリクの大型フェルトの「鹿」造形は、「鹿」を生命表象として表現してきたユーロ=アジア世界が遺した、最重要の2作例を、同館の展示と収集した資料から新たに解釈できる可能性を得た。パジリクから見て遙か西の黒海北東を主として発見されてきたスキタイの「黄金の鹿」造形と、パジリクの織物の鹿造形にみられる差異と共通性を形態論から見出すために必須の成果を得た。
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Strategy for Future Research Activity |
今後はこれまでの調査研究で明らかになった黄金・青銅・鉄、石・岩・木、繊維などの素材から造形された、シベリア・中央アジア・コーカサスの「鹿造形」が、紀元前5世紀から紀元後3世紀にかけて、東西および南北で交流された、動物を神々とみる崇拝の意匠としての側面も明らかにしていく。エルミタージュ美術館所蔵の数多くの「黄金の鹿」は、先行するシベリア先史共同体で「トーテム」とされていたものをスキタイが継承した可能性が指摘されており、その根拠には素材・技法として元の木工彫刻のカーヴィング(彫り)のスタイルが、黄金の打ち出しや後の鋳造の鹿に反映されているとも推測されているからである。 また「神獣としての鹿」の概念は、ユーロ=アジア世界の「西」と「南」の他地域の鹿造形からも類推できることに注目する。紀元前400年代に動物意匠をスキタイや西漸したアラン人などから受容した「ケルト」美術における、いわゆる「動物の主人」像、および、西アジア、オリエント文明を波及させ北辺の造形要素を受容し混合したアケメネス朝からササン朝までのペルシャの「王の狩猟図」の鹿図像を手がかりに、背景にあった「牛」「鹿」「猪」などを含む「鹿」表現を、トーテム信仰と共に探る。 最終的には常に強調されてきた「大角」「巨角」が、鹿をめぐる神話に語られる「新天地の発見」や「太陽の蘇生」という観念の表象にどのように関係したのか。とくにアルタイからウラルまでのシベリアの墳墓のうち、近年発掘され復元も進んできた鹿造形(ウラル地方の墳墓出土の「黄金の鹿」群)を対象に調査、解読を試みる。
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Causes of Carryover |
2017年度に実施した大英博物館での「Scythians: warriors of ancient Siberia」(「スキタイ人」展)調査において、当初各地で予定していた本研究課題調査対象作品の代表的作例を確認することができた。これは研究計画時において、大英博物館の展示内容が判明していなかったことによるものであるが、むしろ結果的には所用旅費の減額化、かつ研究課題テーマを十分にカバーする調査内容の実施につながった。また2018年度に行ったロシア調査も同様に、計画時当初の想定以上に、現地博物館の所蔵品整理と公開が進み、サンクトペテルブルグ1市において、旧ソ連邦各地域の民族資料をまとまった形で調査することができたため、主たる作品の全容を2年度間においてほぼ完了することとなった。 生じた2019年度使用分については、2019年度予定しているゴットランド島調査での資料購入充実化に充てるほか、研究最終年度における総括として、本研究課題の中心にある「ユーロ=アジア」的視点からの考察として、アジア環太平洋地域における「生命再生の鹿角表現」の事例調査の旅費として使用する。
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Research Products
(8 results)