2019 Fiscal Year Research-status Report
Antlers of Rebirth : Mythic Image of the Golden Deer of Eurasia from the Siberian Collection of the State Hermitage Museum
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17K02324
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Research Institution | Tama Art University |
Principal Investigator |
鶴岡 真弓 多摩美術大学, 美術学部, 教授 (80245000)
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Project Period (FY) |
2017-04-01 – 2021-03-31
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Keywords | 鹿角信仰 / スキタイ / シベリア / ロック・カーヴィング / 中央アジア / 騎馬遊牧民 / アルタイ地方 / 大墳墓 |
Outline of Annual Research Achievements |
先史のシベリア・中央アジアからスカンジナヴィアまでに広がる「鹿造形」は、黄金・青銅・鉄・石・岩・木・繊維等で造形されている。大角を聳やかす鹿が「岩の線刻画(ロック・カーヴィング)」に意匠化されている。それらについては、本研究に先立ち準備調査したカザフスタンおよび2019年度のサハリン調査で収集できた図像資料の形態分析をおこない、前5世紀から後3世紀にかけてユーラシア草原の騎馬遊牧文明を中心に、東西南北に広がる「鹿」崇拝は、「聖地」と考えられる「岩場」に盛んに線刻されていたことが分かった。 中央アジアやシベリアでは「巨角」の強調表現は、スキタイ活躍の前500年より遥か以前の青銅期時代までに遡り、狩猟民が単なる「獲物」ではなく「豊饒・再生」の象徴であったことが推測できる。 特に「体躯よりも大きな鹿角」形態は、シベリア先史共同体で「トーテム」とされていた型であり、スキタイが黄金造形で継承した可能性がある。本研究の出発点、エルミタージュ美術館所蔵のスキタイ時代の「黄金の鹿」の「波打つ・渦巻く角」と、前方に「首」を伸ばす生命的な姿勢にその要素が観察できる。 スキタイ文化の起源自体が黒海北岸やその周辺ではなく、遥か東方の「アルタイ地方」にまで遡ることが前年度までに確認でき、それが西はウラルから東はアルタイまでのシベリアの墳墓の内、アルタイ地方代表の「アルジャン大古墳」出土の金属の動物意匠から証明されることが分かった。 また21世紀に復元が進んだ鹿造形(ウラル地方出土の「黄金の鹿」群)は木工と黄金の箔の両方が用いられている。即ち素材・技法の始原である木や石のカーヴィング・スタイルが金属器に転化されて黄金の打ち出しや鋳造の鹿に反映された作例のみならず、より根源の「金属以前」と「金属以降」の表現が「鹿角」の造形においては時代と技法・素材を超えて守られてきたことが明らかになった。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
ユーラシア先住民族美術伝統の「動物意匠」の内、本研究のテーマである「鹿」造形の根源を明らかにするには、先史シベリアのロック・カーヴィングのみならず、そこからアリューシャン列島、ベーリング海峡を渡って人類が移動した「北米」の先住民美術を調査する必要がある。 その収蔵拠点のひとつであるカナダの太平洋北西沿岸、ブリティッシュ・コロンビア大学博物館で年度内の3月に調査する準備が完了していた。 しかし2020年2月~3月に「新型コロナウイルス」の世界的蔓延拡大が決定的となり、日本からの出国、カナダ、アメリカへの渡航ができない状況となったため、生命・安全を第一に考え当調査を断念、やむなく中止した。そのため、鹿角信仰の根源とその広がりをさらに明らかにするための、シベリアと北米の関連を証明するための調査と考察の部分が実現できなかった。残念ながら年度を跨いで続いているこのパンデミックを原因として2019年度の進捗は、やや遅れた。
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Strategy for Future Research Activity |
「神獣としての鹿」の概念は、ユーロ=アジア文明の騎馬遊牧民で黄金という貴金属と結びつく主題となるが、それ以前の先史の狩猟社会、金属文明、金石併用文明まで遡る。シベリアというユーロ=アジア世界の豊饒な「東」方から発して、「西」方と「南」方の他地域の鹿造形へ伝播していったことが類推できる。 西方への伝播は、紀元前400年代に「動物意匠」をスキタイや、サルマタイ、その流れをくみ西漸したアラン人などから受容した「動物の主人」像が「ケルト」美術にみとめられる。および西アジア、オリエント文明への波及としては、北辺の造形要素を受容し混合したアケメネス朝からササン朝までのペルシャの「王の狩猟図」の鹿図像を見逃すことはできない。 これらはユーロ=アジアの「西」と「南」にみとめられる「牛」「鹿」「猪」などと並行して「鹿」表現を、造形と伝承された神話と比較し「トーテム信仰」の可能性を探る。 即ちシベリアからスカンジナヴィアまで分布する岩や石の鹿造形によって常に強調されてきた「大角」「巨角」は、神話においては、鹿に導かれての「新天地の発見」や「太陽の蘇生」という観念に関係したところまでを、シベリアの東、モンゴルの鹿石の「鹿」と「太陽」の神話的造形に確認する必要がある。 そしてこれらのユーロ=アジアの鹿信仰は、先史の岩線刻に溯る鹿角の造形を通じて、シベリアから北米への人類のグレートジャーニーによって造形表象のレヴェルでつながりを示唆しており、北米先住民にも同様の鹿角崇拝があることが予測できる。 2019年度中に実現できなかったブリティッシュ・コロンビア大学・博物館の関係者の協力によって、本調査ほか関連講座への参加や、学術交流の機会など、貴重な機会を準備頂いてきたので、コロナ禍が完全に終息した時点で、2020年度中に本調査を実現したいと考える。
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Causes of Carryover |
シベリアの先史図像と北米大陸先住民の動物図像等の比較のため、2020年3月にカナダでの現地調査を行い、研究成果を取りまとめる予定であったが、新型コロナウイルスの世界的な流行のため、感染拡大を抑止する一環として現地調査をやむを得ず取りやめた。 しかしながら、本研究のテーマである「鹿」造形の根源を明らかにするには、先史シベリアのロック・カーヴィングのみならず、そこからアリューシャン列島からベーリング海峡を渡って人類が移動した「北米」の先住民美術を調査することが、研究遂行上不可欠であると考えている。国内はもちろんのこと、世界情勢を慎重に判断しながら、適切な時期を十分に検討したうえで、現地調査を実施し、万全の研究調査結果を踏まえ、本研究課題の完了としたい。
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Remarks |
鶴岡真弓「祈りの渦巻と再生力」「サハリン油田と銀河」「『生命の木』の死生観」ほか寄稿、「あすへの話題」『日本経済新聞』2019年7月~12月(全25回) 鶴岡真弓「異国」『別冊太陽 京都が京都である理由。』平凡社、2019年10月、pp.76-87 鶴岡真弓「装飾文様の復興者ミュシャ:ビザンティンとケルトの再生」『アール・ヌーヴォーの華 アルフォンス・ミュシャ』講談社、2020年1月、pp.66-67
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Research Products
(12 results)