2019 Fiscal Year Research-status Report
郷土史料を活用した戦国大名文芸の注釈と研究―上杉氏・武田氏を中心に
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17K02424
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Research Institution | Keio University |
Principal Investigator |
小川 剛生 慶應義塾大学, 文学部(三田), 教授 (30295117)
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Project Period (FY) |
2017-04-01 – 2021-03-31
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Keywords | 太原崇孚 / 和漢聯句 / 分門纂類唐宋時賢千家詩選 / 頓阿句題百首 / 飛鳥井家 / 今川義元 / 妙心寺派 |
Outline of Annual Research Achievements |
2019年度は今川義元の生誕500年に当たる。そこで黒田基樹によって企画された論文集『今川義元』に、「今川文化の特質-和漢聯句を視座として」と題して論文を執筆した。この論文は、当該研究の成果をもとに、義元が主催したり、あるいは参加した和漢聯句・漢和聯句の催し四度を取り上げて、その開催事情・句意・連衆などを整理し、その意義を述べたものである。 これによって、和漢聯句が、たんに文化のみならず、朝廷・幕府との交渉や領国支配といった政治的な活動においても、極めて重要な役割を果たしていることを実証できたと考えられる。それはまた戦国国家を構成する人々、すなわち国衆、内衆、さらに在国する公家衆、また五山・妙心寺派の禅僧とが教養も階層も異にしながら、同座しての交歓や交渉がしばしば和漢聯句・漢和聯句によって可能となり、彩られていた事情を強く示唆するのである。 こうした和漢聯句の流行の前提には、中国宋元版の韻書の将来、五山版などの刊行が深く関係する。これらを活用した事例がいつまで遡るか、調査研究を進めた。とりわけ宋末に成立した分類体通俗韻書である、分門纂類唐宋時賢千家詩選に着目し、南北朝中期、頓阿が開催した句題百首が、その源泉をこれに仰いでいる事実を明らかにした。これは論文「頓阿句題百首の源泉-宋末元初刊の詩選・詩話・類書との関係を中心に」(藝文研究117)として公表した。 さらに7月12日から14日にかけては、国文学研究資料館の教員と合同で、九州国立博物館での「室町将軍」の展示見学、および九州大学附属図書館の雅俗文庫、祐徳稲荷神社(鍋島直朝の蔵書)、福源寺(佐賀県鹿島市)の滴水文庫(梅嶺道雪の蔵書)における室町期漢文学文献の調査を行って、多くの知見を得ることができた。また10月1日は川越市立中央図書館・遠山記念館の調査を行い、11月23日は京都大学文学部における和漢聯句研究会に参加した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究は当初の予定通り、地方に遺された和漢聯句・漢和聯句の資料の発掘、およびその注釈を柱として、武田・上杉両氏さらには今川氏・後北条氏といった東国大名の文学活動を再考察する方針で進めている。 この過程で、2018年度に公刊した「戦国大名と和漢聯句-駿河今川氏を中心にして」および、2019年度の「今川文化の特質-和漢聯句を視座として」によって、氏親・義元を中心とした今川氏の文学活動においては、和漢聯句が従来考えられるよりもはるかに重要な役割を果たしていたかを明らかにすることができた。そこでは、太原崇孚に代表される臨済宗妙心寺派の禅僧の活動が、東国大名の間で拡大していくありさまと和漢聯句の催しとの有機的な関係もまた確認された。 以上の成果は反響も大きく、おそらくは今川氏のみならず、戦国大名の文化活動全般への評価について、今後の再考察を迫るものと思われる。 したがって対象は、地域としては当初の予定よりも広範となった。また内容面でも同様のことがあり、和漢聯句・漢和聯句を楽しむ際の「工具書」の実態を考察している。すなわち、中央から遠く離れた地方での和漢聯句・漢和聯句の流行の前提としては、中国で刊行された韻書・類書の将来が深く関係していたことが予想されるからである。そこで、これらを活用した事例がいつまで遡るか、調査研究を進めた。とりわけ宋代末期に成立した、分類体の通俗韻類書である、分門纂類唐宋時賢千家詩選や錦繍萬花谷に着目した。たとえば南北朝中期の和歌四天王の頓阿や兼好が、こうしたものをすでに十二分に使いこなしていることも明らかにした。こうした韻類書は、浩瀚な辞書として用いられたのはもちろんであるが、すでに中国の平水韻の韻目による分類・検索という本来の用途からは切り離されてしまっている。これらの受容は、本邦においては独自の展開を見たようであり、その点についても考察を進めている。
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Strategy for Future Research Activity |
今年度は以下の課題に取り組む。1.武田晴信(信玄)の和漢聯句の研究と注釈、2.後北条氏と上杉氏の文化活動について、3.本邦中世における韻書の受容。 まず1.については、武田氏文芸に関する総合的な考察と評価を行って、遺された作品である和漢聯句(世吉。天文15年7月26日)の注釈を完成させ、年度内に雑誌に公表する予定である。これは晴信以下の武田氏家中と、下向してきた公家の三条西実澄・四辻季遠、さらに甲斐国内の妙心寺派寺院の禅僧とが一座した、重要な催しであり、その初めての本格的な注釈である。このため、多くの戦国史研究者の目に触れる媒体に発表することを計画している。 ついで2.は、今川氏の陰に隠れがちであった、小田原を本拠とする北条氏の文化活動について再考する。その際に、以前に考察した、北条氏康十九首和歌(仮名)の原本調査を行って、小田原歌壇の実態を明らかにすることにしたい。姻戚であった今川氏の影響が大きいことは予想されるが、むしろ対立し続けた上杉氏との関係に於いて捉え直す。実は、両氏の境界地域に位置する、上野・北武蔵の国人に連歌・和歌をはじめとする文芸の事績が目立つからである。とくに木戸氏・成田氏が注目される。これは論文集『北条氏康(仮名)』に収録されて刊行する予定である。 さらに3は、南北朝・室町時代における鐘銘の押韻に着目し、その起草者・揮毫者との関係から考察したい。 今年度の文献の調査箇所としては、東京大学史料編纂所・宮内庁書陵部のほか、西尾市立図書館岩瀬文庫・蓬左文庫・埼玉県文書館・積翠寺を予定している。また研究会を北海道大学の研究者と合同で行う計画がある(但し、全国的な疾病の流行と社会情勢によって変更の可能性がある)。 そして4年間の研究成果を補訂の上、新稿を加えて、論文集『戦国時代歌人伝の研究(仮名)』として再構成したい。2021年度内の刊行を目指す。
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Research Products
(6 results)
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[Book] 二条良基2020
Author(s)
小川 剛生
Total Pages
352
Publisher
吉川弘文館
ISBN
9784642052955