2017 Fiscal Year Research-status Report
Social Psychological Study of the Influence of the Postal Reform on Crime in Victorian Literature
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17K02497
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Research Institution | Nagoya University |
Principal Investigator |
松岡 光治 名古屋大学, 人文学研究科, 教授 (70181708)
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Project Period (FY) |
2017-04-01 – 2021-03-31
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Keywords | 郵政改革 / ヴィクトリア朝 / 犯罪 / 社会心理学 / ディケンズ / ギャスケル / ギッシング |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究の目的は、ヴィクトリア朝初期の郵政改革で1ペニー郵便制 (Penny Post) が導入されたあと、料金前納の切手や郵便ポストの採用により郵便局員との接触がなくなったことで、差出人の匿名性が一気に高まったことで急増した犯罪とその外にあるマクロな文脈について、主として Dickens, Gaskell, Gissing の作品の中で描かれた郵政改革の影響とそれに伴う犯罪の社会心理学的な分析を通して明らかにすることである。 平成29年度は Dickens と Gaskell の作品に見られる郵政改革前後の犯罪についての言説と文脈を精査し、産業革命によって大きく変化した時代情勢や社会動向の影響を受けた犯罪者と被害者の精神構造や思考態度を分析することで犯罪の社会心理学的な要因を突き止め、それをもとに「ギャスケルとディケンズ――郵政改革前後の手紙と犯罪」というタイトルの論文を執筆して、日本ギャスケル協会創立30周年記念論文集『「比較」で読み解くギャスケル文学』(仮題、大阪教育図書、2018年10月出版予定)に寄稿した。 当該論文では、時代背景が郵政改革以前と以後に設定された Gaskell と Dickens の作品におけるプロットの仕掛けとしての手紙と犯罪、特に脅迫 (blackmail) の問題に焦点を定め、手紙に書かれた秘密を暴露するぞという脅迫と、脅迫のツールとしての手紙の悪用・乱用とについて考察した。手紙と犯罪の問題は愛情と金銭が動機となることが多いものの、鉄道や郵便の発達による急激な社会変化がもたらした心理的な問題も絡んでいるので、一緒に分析することで両作家の類似点と相違点を明らかにした。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
Dickens と Gaskell に関する研究はおおむね順調に進展している。 いつの時代でも1ペニー郵便制のような新しい制度や画期的な発明には必ず功罪がある。社会問題化する最大の弊害としては、恩恵に浴せない人間を周縁化することで従来の社会格差をむしろ広げてしまうこと、そして新たなビジネスと人間関係を作ると同時に新しい種類の犯罪を生み出すことが挙げられる。当時の通信革命であれ、現代の情報技術革命であれ、それらの負の遺産は、元来からある様々な格差ゆえに弱者が悪循環に陥って社会的に疎外される一方で、そうした弱者を含めた一般大衆に対する数多くの犯罪が法の網をくぐって巧妙に、大抵は匿名性を利用してなされてしまうことである。 平成29年度は、産業革命後の近代資本主義社会において、科学技術の発展によって人間が追いやられる自己疎外の問題も考察対象とした。具体的には、ディケンズとギッシングの比較研究を同時並行で行い、ディケンズ・フェロウシップ日本支部の秋季総会(東京大学駒場キャンパス、2017年10月7日)で「ディケンズとギッシング――隠れた類似点と相違点」というタイトルのシンポジウムを主宰し、パネリストとして「近代都市生活者の自己否定、自己疎外、自己欺瞞」という題目の研究発表をした。 ただし、郵政改革の弊害として自己疎外の問題を論じることはできるものの、近代資本主義社会を形成する原動力となったピューリタン的な世俗内禁欲という自己否定の問題や、産業革命後に自由を獲得できた一方で孤独感や疎外感に晒された近代都市生活者が新たな帰属意識を求めて陥った事大主義という無意識的な自己欺瞞の問題と関連づけた分析が不十分であった。しかし、このシンポジウムを中心に16名による論文集『ディケンズとギッシング――底流をなすものと似て非なるもの』の出版を企画しており、そこでの寄稿論文において満足できる分析を進めたい。
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Strategy for Future Research Activity |
平成30~31年度は、2020年が Dickens の没後150年にあたるので、日本と海外の研究者をそれぞれ10~15名ほど慫慂し、英語の批評アンソロジー(仮題:_Sin, Crime, and Evil in the Works of Dickens_)出版の準備を行う。担当章で主として扱う作品は _Bleak House_ であるが、それは郵政改革後の社会という小説の舞台で手紙がプロットの展開に重要な役割を果たすだけでなく、作品の構成やテーマとも深く関わっているからである。 Dickens の場合、手紙は秘密の隠蔽、隠蔽された秘密の暴露、脅迫の手段となっており、同時に犯罪者と被害者の心理だけでなく、彼らが住む空間を理解する手段にもなっている。そうした点が顕著に見られる _Bleak House_ を取り上げ、同じ問題が見られる _Martin Chuzzlewit_ や _Great Expectations_ と比較しながら、犯罪の言説を抽出してデータベース化するとともに、有意味のデータに関しては文脈を含めて校訂版テクストで精読し、その文脈を社会心理学的な観点から解析する。 本研究では、文学作品を通して新しい通信手段による脅迫とその犯罪の匿名性を中心に分析するが、社会的存在としての犯罪者と被害者の心理のメカニズムとその法則性を明らかにするために、彼らを取り巻く社会集団や社会システムの動態も調査する。産業革命後の郵政改革に付随する犯罪の大半は激変した社会環境に人々が適応して勝ち残ろうとする際に誘発される一方で、自由放任主義によって自己責任を強調する支配的なイデオロギーが弱者を抑圧してしまい、そうした心理的負荷が弱者を犯罪に対して無抵抗にしたという仮説を立て、ジェンダー・階級・人種に加え、政治・経済・法律・医療・宗教・教育などに見られる当時の不条理な権力構造と犯罪の関係を分析することによって、この仮説の実証を試みる予定である。
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Causes of Carryover |
次年度使用額(412円)が生じないように前年度の最後に小さな文房具類を購入するのは好ましくないため。次年度使用額は大きな文房具類などの購入に充当する。
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Research Products
(3 results)