2019 Fiscal Year Research-status Report
Social Psychological Study of the Influence of the Postal Reform on Crime in Victorian Literature
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17K02497
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Research Institution | Nagoya University |
Principal Investigator |
松岡 光治 名古屋大学, 人文学研究科, 教授 (70181708)
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Project Period (FY) |
2017-04-01 – 2021-03-31
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Keywords | 郵政改革 / ヴィクトリア朝 / 犯罪 / 社会心理学 / ペニー・ポスト / ディケンズ / ギャスケル / ギッシング |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究の目的は、ヴィクトリア朝初期の郵政改革――1840年に発行された世界初の切手と同時に国内の手紙を均一の配達料金とする「1ペニー郵便制 (Penny Post)」が導入されたあと、40年代に建設・投資ラッシュとなる鉄道を利用して手紙が迅速かつ大量に配達されるようになった通信革命――に着目し、ヴィクトリア朝文学の中で描かれた郵政改革の影響とそれに伴う犯罪の社会心理学的な文脈について、当時の主要ジャーナルや非文学領域の文献に見られる犯罪言説の文脈と比較検討しながら明らかにするものである。 平成31(令和元)年度は Dickens の _Bleak House_ (1852-53) における手紙や他の文書の読み書きを郵政改革の功罪と絡めて考察し、英語論文の執筆に取りかかった。論文の仮題は "The Letter Kills: Strategies of Letters and Other Writings in _Bleak House_" である。具体的には、(1) 残存する14,000通の他に消失分、焼却分、紛失分を入れて多量の手紙を書いたディケンズ、そして登場人物たちの手紙の読み書きに対するアンビヴァレントな感情、(2) 現実から逃避する政府のパロディーとして、私的領域の家事と育児を放棄する Jellyby 夫人が、手紙を使って慈善家を食い物にする利他主義に潜む自己欺瞞性、(3) 弁護士 Tulkinhorn が雇い主とのホモソーシャルな関係維持のために、その奥方の秘密の手紙を通して生殺与奪の権を握る沈黙の戦略の脆弱性、(4) 手紙で虚報を流す殺人者 Hortense の犯罪とそれを暴く警部 Bucket の手帳(日記)に潜む危険性について、いずれも郵政改革後の時代精神と社会風潮を踏まえて分析した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
Dickens に関する研究はおおむね順調に進展している。 ヴィクトリア朝の郵政改革では遠く離れた肉親や親友とのコミュニケーションを促進するために1ペニー郵便制が導入されたが、皮肉なことに宣伝や搾取目的で多量の手紙が無差別に送られる結果となった。事実、ロンドンの郵便局が配達した手紙は、導入前には週160万通だったが、導入後の週には320万通へと倍増している。そのような数量の増加と、料金前納の切手や郵便ポストの採用により郵便局員との接触がなくなったことで、差出人の匿名性が一気に高まったが、それは産業革命とともに人口が急増して巨大化した近代都市で担保される個人の匿名性と通底しているように思える。 平成31(令和元)年度に主として分析した Dickens の _Bleak House_ では、1ペニー郵便制によって大量の手紙を送って公的領域の慈善活動に熱中し、私的領域の家事や育児を放置した女性が批判されるが、彼女が自己欺瞞的に利他主義と思っている活動は、ほとんど利他を自己の幸福と一致させようとする利己主義のそれに他ならない。また、虚報の手紙を出し過ぎて警部に犯罪を見破られる女性の描写からは、労働者階級の貧しい女でさえ1ペニー郵便制の恩恵を受けて、切手と郵便ポストが生み出した匿名性を利用して犯罪に手を出せるようになった郵政改革の弊害が読み取れる。この分析結果は "The Letter Kills: Strategies of Letters and Other Writings in _Bleak House_" という英語論文の中核をなすものである。
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Strategy for Future Research Activity |
本研究の最終年度の2020年は Dickens の没後150年にあたるので、それを記念して英語論文集 _Dickens and the Anatomy of Evil: Sesquicentennial Essays_ (2020) を計画立案した。この本の序論は Dickens Fellowship と Dickens Society の会長を務めた Paul Schlicke 氏に担当を依頼し、Dickens の20作品を「ディケンズ・フェロウシップ日本支部」の中堅および年輩の会員19名、そして申請者の同僚(名古屋大学外国人教師)に担当を慫慂している。2019年度の3月末が締切であり、最終年度の4月以降は提出された論文から編集および版下作成を始める。編集者が担当する作品は、郵政改革後の社会という小説の舞台で手紙がプロットの展開に重要な役割を果たすだけでなく、作品の構成やテーマとも深く関わっている _Bleak House_ である。 本研究はヴィクトリア朝文学における郵政改革の影響とそれに伴う犯罪の社会心理学的研究であり、最終年度は上記の論文執筆を通して、情報技術革命によってヴィクトリア朝以上に通信量が激増した現代の情報化社会にとっても喫緊の課題である脅迫、中傷、勧誘、詐欺の迷惑メールといった匿名性の高い通信関係の犯罪の予防・対策に資する点を明らかにする。サイバー犯罪の数を減らすための突破口となるような示唆的で意義のある結果を導き出せるはずである。
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Causes of Carryover |
次年度使用額(51円)が生じないように前年度の最後に小さな文房具類を購入するのは好ましくないため。次年度使用額は大きな文房具類などの購入に充当する。
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