2018 Fiscal Year Research-status Report
ドイツ汎愛派の教育改革-「知」の社会的機能と「人間の使命」
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17K02633
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Research Institution | Fukuoka University |
Principal Investigator |
田口 武史 福岡大学, 人文学部, 教授 (70548833)
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Project Period (FY) |
2017-04-01 – 2021-03-31
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Keywords | パトリオティズム / ナショナリズム / モーザー / 汎愛主義 / 教育思想 / 人間の使命 / シュパルディング |
Outline of Annual Research Achievements |
前半は平成29年度からの継続研究として、汎愛主義教育が生まれたドイツ18世紀後半における〈パトリオティズム〉を検討した。特に、神聖ローマ帝国に対する愛国心の回復を訴えたF.C.v.モーザーの論文「ドイツ国民精神について」(Von dem deutschen Nationalgeist, 1765)を対象とした。 モーザーは、台頭するプロイセンに対する危機意識から帝国擁護の姿勢を示した。その際彼は、「祖国」(Vaterland)の理念を強調し、共通の文化と伝統、とりわけ「自由」の精神を紐帯に諸領邦が結束するよう呼び掛けている。ところが、この祖国と自由という旗印は、反対陣営である領邦パトリオティズムの側でも掲げられていた。すなわち領邦に対する愛国心と帝国に対する愛国心は対立しながらも並存し、むしろ補完しあう関係にあったのだ。この構図は、啓蒙市民の姿と重なる。というのも彼らは、役人などの公人としては領邦に奉仕する一方、私人としての言論活動においては囚われのない世界市民たろうとしたからである。そうした二重の存在であった啓蒙市民にとって、帝国は、領邦に立脚しつつその枠組みを安全に超えることができる擬似的な「世界」として、いわば最適解となりえた。帝国崩壊後に現れたロマン派のナショナリズムもまた―プロイセンではなく―中世の帝国を理想とした点で、啓蒙期の帝国パトリオティズムの系譜に連なると推測される。この研究成果を学会で口頭発表し、さらに民衆文学関連の書評および2020年刊行予定の『ドイツ哲学・思想事典』の執筆担当項目にも反映させた。 後半は〈教育〉の側に研究の軸足を移し、J.J.シュパルディング『人間の使命』(Die Bestimmung des Menschen, 1752)に取り組むとともに、これを汎愛主義研究に導入するため、啓蒙主義期に至る西洋教育思想史を把握することに注力した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
当初の計画では、本年度の夏季にシュネップフェンタール・ザルツマン学校およびゴータ研究図書館を訪問し、文献調査を行う予定であったが、家庭の事情により延期せざるをえなかった。また勤務校変更(平成30年4月)に伴う諸事から、前年度の研究がずれこんでしまったことも遅滞の一因である。
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Strategy for Future Research Activity |
平成30年度に研究した二重の/二律背反の〈パトリオティズム〉が、汎愛主義教育においてどのように表れているかを検証してゆく。またドイツ啓蒙主義の規範的思想をなしたシュパルディングの『人間の使命』と、汎愛主義教育思想との比較を試みることで、啓蒙思想(理念)の主潮流と、実践的な汎愛主義教育との関係性を探る。 具体的研究対象は、汎愛派の中心人物E.Ch.トラップとCh.G.ザルツマンの国民教育に関する著作である。トラップとザルツマンは基本的に、経済力と社会的地位のある市民階級の子弟を対象とした公立学校・公教育を構想した。これまで研究してきたR.Z.ベッカーら民衆啓蒙家たちとは前提条件が異なるため、新しい知見を得られるであろう。さらに、彼ら汎愛派の教育家が身分制社会、あるいは社会的不平等や国民の分断に対していかなるスタンスを取っていたのかという問いも浮上する。ザルツマンおよび汎愛派の教育家については、令和元年度の夏季に現地で(主にゴータとデッサウ)で資料収集を行う。 また、トラップやJ.H.カンペが発行した新聞「ブラウンシュヴァイク・ジャーナル」における記事にも目を配る。特にフランス革命という、啓蒙主義の存立基盤を揺るがす政治的危機に対して、汎愛派教育家がいかに反応したかを中心に、新聞記事におけるアクチュアルな意見表明を分析する。これにより、啓蒙期の〈パトリオティズム〉、すなわち〈コスモポリタニズム〉と〈ナショナリズム〉を媒介する〈パトリオティズム〉を、より説得的に示すのが目標である。
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Causes of Carryover |
当初の計画では、本年度の夏季にシュネップフェンタール・ザルツマン学校およびゴータ研究図書館を訪問し、文献調査を行う予定であったが、家庭の事情により延期せざるをえなかった。その分の未使用予算は、令和元年度に改めて当地を訪問する際の旅費、および調査に必要なPC等の購入費に充てる。
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Research Products
(3 results)