2019 Fiscal Year Research-status Report
The Anthropology across the Borders: The Formation of Hadhrami Network in the Western Indian Ocean World
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17K03281
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Research Institution | Kyoto University |
Principal Investigator |
朝田 郁 京都大学, アフリカ地域研究資料センター, 特任助教 (00780420)
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Project Period (FY) |
2017-04-01 – 2021-03-31
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Keywords | ハドラミー / ザンジバル / アラブ首長国連邦 / 移民 / ネットワーク / イスラーム的規範 / 親族関係 / エスニシティ |
Outline of Annual Research Achievements |
アラビア半島南端、現在のイエメンに含まれるハドラマウト地方は、環インド洋世界の各地に移民を送り出してきたことで知られる。これらの移民は、出身地にちなんでハドラミーと呼ばれ、インド洋西海域では東アフリカ沿岸部に移住してきた。ところが近年、一度は東アフリカ沿岸部に定着した移民たちが、かつてとは逆方向にアラビア半島の湾岸産油国を目指すようになっている。本研究では、これらのハドラミーによる移住活動の背景、移民と新旧ホスト社会が構築している相互関係の検討によって、彼らの越境的ネットワーク形成の実態解明を進めている。 これまでの研究では、社会経済的な観点で、ハドラミーの移住活動における中心地が現在でも変動し続けていることが明らかになった。本研究では予備調査に基づいて、東アフリカ沿岸部地域の各所から、湾岸産油国でもアラブ首長国連邦のドバイ首長国の特定地区への再移住を想定していた。しかし調査結果からは、アラブ首長国連邦の中でもハドラミーのコミュニティが時代とともに中心部を移動させており、現在では同連邦内のアジュマーン首長国がその中心的役割を担っている可能性が示唆された。 また、社会言語学的な観点で、移民の母語の違いから移民社会に分断が見られることも分かった。再移住の当事者世代では東アフリカの共通語であるスワヒリ語が話される一方で、子世代では湾岸アラブの生活言語である湾岸アラビア語を用いられていた。そのため両世代間に共通する言語がなく、各々が限定的な語彙によって意思の疎通を図っている。母語の違いは移住者の出身地によっても生じており、東アフリカのスワヒリ語に加えて、イエメン系のアラビア語方言を話す者も少なからず存在する。彼らはいずれもハドラミーのコミュニティの構成するが、ルーツの共通性以上に使用言語がアイデンティティの相違を浮き立たせており、移民同士の関係性を複雑にしていた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
2019年度の計画では、ハドラミー再移住者が元々暮らしていた東アフリカのザンジバルと、現在、彼らの中心的なコミュニティの存在するアラブ首長国連邦のアジュマーンで調査をおこなう予定であった。課題としては、ハドラミーとしてのエスニシティが社会生活において担っている役割と、ホスト社会と移民が共有しているイスラーム的規範の機能を解明することである。この計画は、これらの要素が移住先の選択やホスト社会への定着に関わる決定的な役割を果たしているという見通しに基づいている。 しかしながら、2019年度に複数回予定していた海外でのフィールドワークは、研究代表者に初子が誕生し、乳児の世話と妻のサポートに集中する必要が生じたことから実施できなかった。このため、同年度中は海外渡航はあきらめ、これまでに集めたデータの整理と再検討によって日本国内で研究を進めることにした。 今年度の研究で注目した点は、ハドラミーとしてのエスニシティとイスラーム的価値観の両者に関わる要素となる、移民社会で預言者ムハンマドの家系出身者が保持する特別な社会的ステータスである。これは、宗教活動の中でもアラウィー教団と呼ばれるイスラーム神秘主義教団の活動と深い関係がある。前年度の調査でも、ハドラミーの新旧ホスト社会である東アフリカ沿岸部とアラブ首長国連邦の両方において、この教団が活動していることが確認された。また、東アフリカのザンジバルでは、預言者ムハンマドの家系出身の聖者廟においておこなわれたハドラミーと同教団による聖者祭にも参与観察した。このハドラミー移民とスーフィズムを中心にしたイスラーム的価値観をめぐる関係については、京都精華大学で開催された日本アフリカ学会第56回学術大会と、トルコのカイセリで開催された第3回国際人文社会科学学会において発表をおこなった。 以上の点から、本研究はやや遅れていると評価する。
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Strategy for Future Research Activity |
2020年度は、基本的に2019年度に実施予定であった海外調査をおこない、その成果に基づいて本研究の完成を目指す。つまり、エスニシティを軸にしたハドラミー移民同士のつながりや彼らの同郷協会が、移住先の選択とホスト社会における新生活の開始に果たす役割を明らかにすることと、東アフリカと中東湾岸諸国、そして移民自身も共有しているイスラーム的規範が、共同体形成をどのような形で支えているのか解明することである。これまでの調査結果と新年度の課題を通して、現代のインド洋西部地域における、ハドラミーの越境的ネットワーク形成の多元的理解に迫りたい。 しかしながら、この報告書を作成している2020年5月の段階では、新型コロナウイルス感染症の世界的な流行によって、調査対象地である中東・東アフリカへの渡航そのものが不可能になっている。現在も日本国内での非常事態宣言は継続しており、調査対象国側の防疫政策の都合もあって、仮に新型コロナ感染症が収束に向かったとしても2020年度中のフィールドワークが実施できるかは予断を許さない状況である。 したがって、調査が不可能になった場合には、研究計画の小規模化やフィールドワークに代わる調査方法を検討する。前者については、これまでの調査で収集したデータだけで実証できる内容に研究内容をコンパクト化する必要がある。具体的には、エスニシティ、血縁親族関係、共通言語、そしてイスラーム的規範という4つの研究項目を、「移住活動の社会経済的な基盤」と「移民とホスト社会の相互関係」という本研究の2つの視点に集約させる。後者については、ZOOMをつかったオンライン会議システムや、WhatsAppなどのソーシャルメディアを使って、日本にいながらインタビュー調査を実施することを考えている。
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Causes of Carryover |
前述の通り、2019年度に予定していたアラブ首長国連邦のドバイ、アジュマーンとタンザニアのザンジバルでの複数次にわたるフィールドワークが、初子の誕生によって実施が不可能となった。そのため、これらの海外調査用に確保してあった旅費と取材用の機材購入費、調査協力者に対する人件費がそのまま残存している。 一方、海外調査はおこなわなかったものの、学会発表にための英文校閲費やソフトウェアのサブスクリプション費用が生じている。2020年度は、これらに加えて前述のトルコ・カイセリにおける研究発表に基づいた論文を投稿しており、それに要する費用も発生する。 なお、2020年度に予定している調査計画が遂行可能であれば、2019年度用に確保してあった研究費が充当される。ただし、世界的な新型コロナウイルス感染症流行の推移によっては、臨地調査が年度内に実施できない可能性もある。その場合は、インターネット等を介した遠隔でのインタビュー調査をおこなう計画であり、それにかかる機材費や人件費で使用する。また、研究計画の最終年度として、日本国内での研究発表会の開催も計画しており、最終的には計画通りすべての研究費を適切に使用できる見込みである。
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Research Products
(4 results)