2020 Fiscal Year Research-status Report
The Anthropology across the Borders: The Formation of Hadhrami Network in the Western Indian Ocean World
Project/Area Number |
17K03281
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Research Institution | Kyoto University |
Principal Investigator |
朝田 郁 京都大学, アフリカ地域研究資料センター, 特任助教 (00780420)
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Project Period (FY) |
2017-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | ハドラミー / ザンジバル / アラブ首長国連邦 / 移民 / ネットワーク / イスラーム的規範 / 親族関係 / エスニシティ |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究では、イエメン・ハドラマウト地方出身のアラブ移民ハドラミーに注目し、彼らの移住活動を支える現代的なファクターの解明を目的とする。特にインド洋海域世界の西側、東アフリカとアラビア半島の間に構築された、彼らのネットワークの多元的な理解を目指している。これまでの調査では、東アフリカ・タンザニア島嶼部のザンジバルと、アラビア半島の湾岸産油国アラブ首長国連邦のドバイ、アブダビ、そしてアジュマーンを対象として、現地に存在するハドラミーのコミュニティでフィールドワークを実施した。ザンジバルは東アフリカ沿岸部の中でも、20世紀の後半まで多くのハドラミー移民を集めた場所であり、アラブ首長国連邦は近年、ハドラミー移民の新たな移住先となっている場所である。調査においては、ホスト社会と移民の関係を使用言語、共有されたイスラーム的規範、そして移民の送り出しと受け入れに関わるエスニシティの役割を通して記録している。 2020年度は、後述のように新型コロナウイルス感染症のパンデミックを受けて、現地への渡航が不可能であった。そこで収集済みの調査資料から、移民とホスト社会で共有されているイスラーム的規範についての分析を進めた。ハドラミー移民は、独自のスーフィー教団をホスト社会に導入しており、ザンジバルのコミュニティではその活動が顕著に見られるようになっている。特に、長年にわたって現地政権が禁止していた公の場での宗教的祭事が、近年、スーフィー教団を中心に様々な形で復活している。一方で、アラブ首長国連邦におけるハドラミー・コミュニティでは、スーフィー教団の活動は認められるものの、その影響は限定的なものに留まっていた。また、東アフリカからの再移住者とイエメンからの直接の移住者の間でも、スーフィー教団の活動に対する関心に温度差があり、必ずしも同様のイスラーム的規範が共有されているとは言えない面があった。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
2020年度の研究課題は、ハドラミーの移住活動におけるエスニシティの働きと、ホスト社会と移民の関係性をめぐるイスラーム的規範の役割である。計画では、旧来のホスト社会であるタンザニアのザンジバルと、再移住者と新規移住者双方の新たなコミュニティが成立したアラブ首長国連邦のアジュマーンで、集中的なフィールドワークを実施する予定であった。しかしながら、これらの渡航調査は新型コロナウイルス感染症の世界的な蔓延によって実施できなかった。日本政府が定める感染症危険レベルは、アラブ首長国連邦がレベル3の渡航中止勧告、タンザニアがレベル2の不要不急の渡航中止要請になっていたため、対象国の受け入れ状態に関わらず渡航は不可能であった(2021年5月現在も継続中)。 一方で、渡航の可否を判断するため、特に情報の少ないタンザニアの状況をモニターしてきた。アフリカ諸国では、新型コロナウイルス感染症の死亡率が世界平均よりも低く、日本政府もタンザニアの危険レベルをアラブ首長国連邦よりも下げている。ただしタンザニアの場合、2020年5月に累積感染者数が509人に達して以降、新型コロナに関する統計情報の更新を停止している。政策レベルでは感染症対策よりも経済回復を優先しており、PCR検査の積極的な実施やワクチン接種計画の策定もおこなわれていない。したがって、感染リスクが他地域より低いと判断できる材料はなかった(事実、経済政策を主導した同国のマグフリ大統領は2021年3月17日に病没し、新型コロナウイルスへの感染も疑われている)。 そこで、前年度までに実施したフィールドワークの調査資料を整理・分析し、イスラーム的規範の機能を中心に日本国内で研究を進めた。その成果については、現在印刷中の『イスラーム文化事典』で担当する項目「タリーカ、聖者崇敬(東アフリカ)」にまとめた。 以上の点から、本研究はやや遅れていると評価する。
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Strategy for Future Research Activity |
計画の最終年度にあたる2021年度は、研究の完成を目指すフェーズである。つまり、イスラーム的価値観から見たハドラミー移民とホスト社会の関係構築、およびエスニシティから見た移住活動を実現させるファクターと定着後のアイデンティティ形成の2つの軸から、東アフリカとアラビア半島を包摂したインド洋西海域におけるハドラミー・ネットワークの多元的理解を目指す。そのためには、2020年度に予定していた現地調査が必要である。 しかしながら、相次ぐ変異株の出現で新型コロナウイルス感染症に関しては終息の見通しが立たない。そこで、今後の推進方策を2点想定した。1つは渡航調査を実施するケースである。この場合、ワクチン接種を済ませ、かつ日本政府の定める感染症危険レベルが、対象国においてレベル2以下になっている必要がある。また、渡航先では入国時のPCR検査と2週間の自主隔離が必要になる。現状、研究代表者は大学での授業期間外に数週間の休みを取り、集中的に渡航してフィールドワークを実施しており、このスケジュールでは自主隔離で行動可能な日程をほとんど消化してしまう。そこで数日で完了するように、対象者を限定した聞き取り調査をおこなうこととする。 もう1つは渡航せず国内で研究を完成させるケースである。そのためには研究内容をコンパクトにし、これまでに収集した調査資料を使って課題をまとめる必要がある。具体的には、本計画で設定した「移住活動の社会経済的な基盤」と「移民とホスト社会の相互関係」という2つの視点に集約させることになる。情報の不足部分は、フィールドワークに代わってオンライン会議システムやソーシャルメディアを通した聞き取りをおこなう。研究代表者は、現地のインフォーマントとWhatsAppなどを通してコンタクトを取り続けているため、これらのツールを活用して国内からインタビューを実施することは可能である。
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Causes of Carryover |
前述の通り、タンザニアのザンジバルとアラブ首長国連邦のアジュマーンで予定していたフィールドワークが、新型コロナウイルス感染症の世界的な感染拡大によって実施不可能になった。そこで、これらの渡航調査のために確保してあった旅費、調査時に使用する撮影機材等の物品費、調査協力者やインフォーマントに対する人件費が、そのまま手付かずの状態で残してある。 海外調査にかかる支出は無かったものの、日本国内での研究活動は継続しており、関連ソフトウェアのサブスクリプション費用が定期的に発生している。さらに2020年度は、感染症対策の観点からインターネットを介した遠隔ミーティングが研究活動の中心となったことから、それに要するカメラやマイクなどの新たな機材購入の費用も発生した。 なお今後、新型コロナウイルス感染症が収束に向かい、年度内に予定している調査渡航が実現可能になれば、上記の通り確保してあった研究費を充当させる。また、日本政府の定める感染症危険レベルが安全圏まで下がらなかった場合は、フィールドワークに代えてオンラインでのインタビュー調査を実施し、それにかかる追加の機材費や人件費で研究費を使用する。2021年度は本研究課題の最終年度であり、日本国内での研究発表会の開催も計画している。したがって、いずれの場合も最終的には計画通りすべての研究費を適切に使用できる見込みである。
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Research Products
(1 results)