2018 Fiscal Year Research-status Report
就業目的が異なる非正規雇用者の下で政策が労働力に与える量・質的影響の理論的考察
Project/Area Number |
17K03779
|
Research Institution | Soka University |
Principal Investigator |
増井 淳 創価大学, 経済学部, 准教授 (50409778)
|
Project Period (FY) |
2017-04-01 – 2020-03-31
|
Keywords | 正規労働者に対する解雇規制 / 非正規職における訓練費用 / 非正規労働者の訓練受講率 / 労働生産性 / 社会厚生 |
Outline of Annual Research Achievements |
前年度に引き続き、企業が労働者採用時に、非正規職と正規職を内生的に選択可能な状況下での訓練投資に関する意思決定を分析した。正規労働者よりも劣る環境に身を置く非正規労働者に対して職業訓練を提供することは、彼らの待遇改善を図る上で有効であると考えられる。その一方で、訓練を通じた非正規労働者の生産性の向上がマクロ経済的なパフォーマンスを改善するかという点は、これまで殆ど明らかにされていない。一般均衡サーチモデルに基づき、この点を数量的に分析することが本研究の目的である。 本研究で展開するモデルにおいて実現する均衡は、パラメータの値に応じて次の3種類に分類される:(a)より多くの非正規労働者が訓練機会を得るが、そのうちの一部しか正規形態に移行しないケース、(b)訓練機会を得る割合は少ないが、機会を得た者は全て正規雇用に移行する可能性があるケース、(c)そもそも非正規労働者に訓練提供がなされないケース、である。イタリアの労働市場に焦点を当ててカリブレーションを行った所、まず非正規労働者に対して訓練が提供される均衡のうち(b)が実現する可能性は非常に低いことが明らかとなった。そこで(a)が実現する状況に注目すると、正規労働者に対する解雇規制を緩和することにより、失業率の低下、労働生産性の上昇、社会厚生の増加が実現すると共に、非正規労働者の訓練受講率も上昇することが示された。次に、非正規労働者に対する訓練費用削減の効果を調べた所、この政策は非正規労働者の訓練受講率を高める一方で、失業率を上昇させ、全就業者に占める正規労働者の比率を減らし、労働生産性を低下させることが示された(社会厚生は増大する)。すなわち、非正規労働者の訓練受講率を高める政策が必ずしも正規雇用比率を高めたり労働生産性を向上させたりする保証はないため、政策担当者はその点を念頭に置き採用するべき政策を決定する必要がある。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
本研究が予定よりも遅れている理由は下記の2点である。 第1に、分析の方向性が大きく変わった点である。研究開始当初は、非正規労働者への訓練提供に関する企業の意思決定が社会的に効率的であるかどうかを調べる方向で分析を進めていたが、追加的な外部性の存在を考慮せずに理論モデルを構築していた。その結果、標準的なホシオス条件(労働者の賃金交渉力とマッチング関数の弾力性の一致)の下で定常均衡は社会的効率性を満たすことになり、既存の研究結果との差異を見出すことが難しくなった。そこでカリブレーションによる分析に切り替え、数量的に政策的インプリケーションを得る方向にシフトしたが、当初の社会的効率性に関する計算に多大な時間を費やした結果、方向性を切り替えるタイミングが遅くなり、研究の進行に遅れが生じた。 第2に、2020年度に在外研究に行くことが決まった点が挙げられる。これは本研究課題応募時には予期できなかった事情であり、在外研究の渡航先の選定や受け入れ予定の研究機関へ提出する研究計画書の作成に少なからぬ時間と労力を割く必要があった。その結果、研究に費やす時間が失われることとなった。
|
Strategy for Future Research Activity |
当初の研究計画に従い、今年度は、異なる雇用形態(正規・非正規)が存在する状況下で、働き手の非労働力-労働力間の移行に焦点を当てる。本研究の目的は、日本における高学歴女性が自発的に労働市場への不参加を選んだり、労働市場に参加する場合でも非正規形態を選んだりする状況を扱うことが可能な理論モデルを構築することにある。その上で、労働生産性もしくは社会厚生をさらに高めるために、女性労働者の労働市場への参加を効果的に促すにはどのような政策を実施すればよいかを質的・量的分析を通じて明らかにする。 この分析を行う上での課題は、生産性(学歴)が高い労働者が敢えて労働市場への不参加(及び非正規形態の仕事)を選ぶ要因をどのように取り入れるかである。日本においては、結婚や出産に伴い女性が家事・育児の大部分を負担する傾向にあるため、そうした事象が確率的に発生する状況をモデルに取り入れる予定である。また、労働市場に参加するかどうかの意思決定とどのような雇用形態を選ぶかの意思決定を1つのモデルで扱うべきかどうかについても検討する必要がある。現段階ではそれらの問題を分けて分析を行い、まずは高い教育を受けて生産性が高い労働者による労働市場への不参加の意思決定が社会的に効率的かどうかを明らかにしたい。関連研究を踏まえると、この意思決定は社会的に非効率であると予想されるため、どのような政策(最低賃金・所得税制・非金銭的支援)が効率性の改善に繋がるかを議論する。その次の段階として、同様の設定に基づきながら、高い生産性を有する労働者が正規雇用ではなく非正規雇用を自発的に選択する状況を扱い、均衡の社会的効率性に関する議論や効率性改善に繋がる政策の特定について分析を行う。
|
Causes of Carryover |
研究の進行が予定より遅れており、報告の機会が限られることで旅費の使用額が少なかったことが挙げられる。今年度は、最低2回の国際学会での報告と2回の英文校正の実施を予定しており、主にそちらで未使用分及び今年度受給分を使用する計画となっている。
|