2019 Fiscal Year Research-status Report
音楽教師の専門性と美的価値観形成のための音楽経験プログラム開発
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17K04569
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Research Institution | Fukuyama City University |
Principal Investigator |
古山 典子 福山市立大学, 教育学部, 准教授 (10454852)
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Project Period (FY) |
2017-04-01 – 2021-03-31
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Keywords | 鑑賞 / 教師教育 / 音楽経験プログラム / 価値観 / 音楽家 |
Outline of Annual Research Achievements |
本課題では,音楽科教育における鑑賞活動のあり方を検討する上で,教師自身の「音楽を聴く力」を育むことの重要性に着目し,その育成を目的とした音楽経験プログラムの開発に取り組んでいるところである。とくに小学校で音楽を指導する教師の中には,音楽の専門性がないと自分自身を認識している教師が存在しているが,この音楽経験プログラムでは,多様な音楽経験をもつ教師たちが音楽家とともに音楽を聴き,味わい,感じたことや解釈を語り合うことを通して,美的価値観を洗練させることを目指すものである。なお,これに参加する音楽家は,教師に対して音楽の感じ方の「正解」を示すためではなく,専門的な知識に根差した1つの解釈を提示する者として加わるものである。 第1回目の音楽経験プログラムは,2019年8月に公立小学校教師を対象として実施,その後検証を行った(教師17名,そのほかに音楽家として作曲家及び筆者が参加)。その結果,参加者らは,他者とともに同じ曲を聴きながらも,異なる捉え方に触れることによって新たな聴き方を認識していることが明らかになった。それと同時に,参加者との対話によって,作曲者が作品に込めた内容の伝達性が認められた。この音楽経験プログラムの策定と実施ならびにその成果については,芸術作品としての音楽の鑑賞とその解釈及び解釈の言語化に関する美学や芸術学の知見を踏まえながら考察し,日本音楽教育学会大会にて発表を行うとともに,論文として公表した。また,2019年には小学校教師を対象として講演を2回行うなど,研究から得た知見は教育現場に還元を図っている。 また,教師に「音楽作品」をどう捉えるのか,創作した作品の評価をどのように考えるべきかを問うことを目的として「音楽創作とその評価」と題した音楽経験プログラムを,Conductive Music CICのEnrico Bertelli氏と鹿倉由衣氏を招き実施した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
本課題で開発している「音楽を聴く力」を育む音楽経験プログラムの策定にあたっては,音楽の芸術的な価値と美的基準,「音楽を聴く」ということについての美学や芸術学の知見を踏まえながら,実践とその精査を繰り返すことが必要となる。美学関係の知見の整理については,現在継続して進めているところである。 何を「芸術」と呼ぶのかという点についての知見の整理の過程で,芸術は自己目的的行為でありながら,他者への伝達性をもつという2つの方向性を含んでいることを示した。この「自己目的性」と「伝達性」は,芸術が原理としてもつ矛盾であり,特性でもある。つまり芸術の自己目的性が,芸術体験が基本的に個人的なものであることを示しながら,伝達性をもつということによって芸術が社会性を特性として併せ持つことを表している。音楽に視点を転じると,本来音楽には伝達性があるものの,作曲者によって込められた<内容の実質>と鑑賞者による解釈との間に齟齬が生じることは禁じ得ない。そこでは,さまざまな文化的背景をもつ鑑賞者による解釈によって,作曲者の意図を超えて新たな<内容の実質>が見いだされる可能性さえある。その連綿と続く鑑賞行為こそが,音楽を文化たらしめているといえる。ここからも,本課題における音楽経験プログラムの意義は明らかとなっている。 このような理論の整理の一方で,音楽経験プログラムの実施を2019年に開始したところであったが,新型コロナウィルス感染拡大に伴い,音楽家ならびに教師を空間と時間を共にしながら音楽を聴く機会の確保ができていない状況にある。そのため,音楽経験プログラムの継続実施及びその検証が現在停滞している。また併せて,参加教師の音楽授業のフィールドワークが行えていない状況である。
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Strategy for Future Research Activity |
新型コロナウィルスの感染拡大が収まった段階で,すぐに音楽経験プログラムの実施とその検証を再開する。ただし,再開の目途が立たない場合は,オンラインでの実施を検討せざるを得ないが,以下の2点が課題として挙げられる。①音楽を聴くことを主たる内容とするため,鑑賞に堪えうる音質の保証が必要であるが,オンライン上では困難である,②音楽家と同じ空間と時間を共有した状態で音楽を聴き,対話を行うことによって効果を期待できるプログラムであるが,空間を共有することができない。 これらの課題はあるものの,感染症拡大によって多大な影響を受けている音楽分野にとって,改めて今後の音楽文化の振興を考える機会として,本年度中に本学が位置する福山市最大のホールである「ふくやま芸術文化ホールリーデンローズ」ほか市内3ホールの館長を務める作田忠司氏及び福山市立大学都市経営学部准教授でマーケティング論を専門とする池澤威郎氏とともに,シンポジウム「福山市の音楽文化振興のこれから―ふくやま芸術文化ホールリーデンローズを視点として―」を開催する予定である。ここで筆者は本課題で取り組んでいる音楽鑑賞に関わる理論的考察を提示する。なお,このシンポジウムは,改めて音楽鑑賞の意味とその在り方を問うものと位置づけられる。 また,研究で得られた知見は,実施可能な条件の下での教師を対象とした講演会等で継続して公表する予定である。その機会を生かしながら,鑑賞指導の現状の把握を行うとともに今後のフィールドワークの計画及び音楽経験プログラムの実施に向けて見通しを立てるよう努めていく。 くわえて,本課題の内容について助言者からの助言を得ながら進展を図る。
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Causes of Carryover |
現在,新型コロナウィルスの影響で,学会・研究会や会議,打ち合わせ,フィールドワーク等の開催・実施を見合わせていることから,関係する費用を使用できていない。 2020年度においては,感染症拡大状況を考慮に入れながら,音楽経験プログラムを実施するために必要な音楽家の招聘とプログラムの開催に関わる費用,音楽家や助言者との打ち合わせのための出張費を支出する。また,引き続き書籍の購入とともに現在不調をきたしているPCについて,研究の分析・考察を行うために購入し,必要な周辺機器とデータの記録媒体の購入を予定している。くわえて,最終年度であることから,シンポジウムでの内容のデータ化を含めてこれまでの研究成果を製本し公表するための費用を支出予定である。
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