2019 Fiscal Year Research-status Report
クロロフィル分解により誘導されるジャスモン酸を介した核の遺伝子発現制御
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17K07430
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Research Institution | Hokkaido University |
Principal Investigator |
伊藤 寿 北海道大学, 低温科学研究所, 助教 (50596608)
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Project Period (FY) |
2017-04-01 – 2021-03-31
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Keywords | クロロフィル分解 / ジャスモン酸 / 老化 / シロイヌナズナ |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究の目的は、クロロフィルの分解が核の遺伝子発現を制御し、その過程にジャスモン酸がかかわっていることを明らかにすることである。光合成色素であるクロロフィル分子は、中心金属としてMgを持つ。クロロフィルの分解はこのMgの脱離から始まる。我々はこの反応をStay-Green(SGR)が行うことを以前報告した。デキサメタゾン(DEX)で処理することによりSGRが誘導されるシロイヌナズナの形質転換体を作製した。これを利用し、DEXによりSGRを誘導するとクロロフィルが分解されるとともに、老化関連遺伝子が発現することが示された。さらにこの時、ジャスモン酸とエチレンが合成されることが明らかになった。本研究の主要な課題であるクロロフィル分解とジャスモン酸による核の遺伝子発現制御については、昨年度論文として報告し、一定の成果を達成することができた。(Ono, K., Kimura, M., Matsuura, H., Tanaka, A. and Ito, H. (2019) Jasmonate production through chlorophyll a degradation by Stay-Green in Arabidopsis thaliana. J. Plant Physiol. 238: 53-62.)。 今年度は、SGRの過剰発現株ではなく、SGRの欠損株を使い研究を進めた。シロイヌナズナはSGR遺伝子を3つ持つ。これらすべて破壊した多重変異体を作製し、色素や光合成装置の分解、および遺伝子発現の解析を始めた。野生株と比較して、クロロフィルや光合成装置の分解が、老化後期において顕著に抑制されることが示された。しかし光合成装置の一部は老化の進行とともに分解されるため、光合成能力は野生株と同程度に低下することが示された。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究の中心的な課題として、クロロフィル分解とジャスモン酸合成の関係の解明がある。当初はジャスモン酸の前駆体である遊離リノレン酸をガスクロマトグラフィーにより定量する予定であった。しかし正確な定量が困難であったことから、安定同位体と質量分析器を利用し、ジャスモン酸を直接定量するように計画を変更した。その結果クロロフィル分解に伴いジャスモン酸が合成されることを示した。さらに、生体内で活性があるのはジャスモン酸ではなく、イソロイシンが結合したものであるが、活性型のイソロイシンが結合したジャスモン酸の増加も確認できた。また、これらの結果から、クロロフィル分解が確かにジャスモン酸の合成を誘導し、老化を促進することが示された。 今年度はこの課題をさらに発展させ、クロロフィル分解と光合成の関係を調べた。クロロフィルが分解されると当然光合成は行われなくなる。一方SGR破壊株ではクロロフィル分解は起きないが、光合成が維持されるかどうかは詳細には調べられていなかった。そこでクロロフィルタンパク質量を調べたところ、光化学系IとIIのうち、光化学系IだけがSGR欠損株では維持されていた。二酸化炭素の吸収はSGR破壊株では抑制されていたが、これは光化学系IIが分解されたためであることが示された。このことは、クロロフィル分解によるジャスモン酸の合成が、光化学系Iの分解を引き起こしているが、光化学系IIの分解はジャスモン酸とは異なる因子によって引き起こされていることを示すとともに、光化学系IIよりも光化学系Iの方が分解されにくいシステムになっていることを示している。光化学系IIを壊れやすくすることにより光障害を抑制していると考えられる。
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Strategy for Future Research Activity |
本研究の開始当初は、クロロフィル分解を誘導した時の、光合成装置の構成タンパク質の消長を調べてきた。これらの手法に対して遺伝子の発現解析は、植物のクロロフィル分解に対する応答を理解するうえで優れた手段である。本研究において、クロロフィル分解を誘導した植物と、クロロフィル分解が抑制された植物について、基礎的な遺伝子の発現解析を行った。当初はクロロフィル分解と老化の促進は相関しているものと予想していたが、必ずしもすべての老化関連遺伝子が、クロロフィルを分解したときに誘導され、クロロフィルを分解できない変異体では抑制されているというわけではないことが示された。さらに植物ホルモン関連遺伝子の発現解析も進め、当初計画していた、クロロフィル分解と老化の関連、その現象に対するジャスモン酸の役割を明らかにすることができた。 当研究は本年度で終了予定であったが、クロロフィル分解と植物ホルモンであるジャスモン酸の関係を超えて、クロロフィル分解と光合成装置の分解の関係まで課題を拡張し、令和2年度も課題を継続することとなった。光化学系IIの分解がクロロフィルの分解とは独立に起こる、逆に光化学系Iの分解はクロロフィルの分解に依存していることが明らかになっている。ただし、光化学系IとIIおよびそれ以外の光合成関連タンパク質についてはまだ調べられていない。光合成装置全体とクロロフィル分解の関係を明らかしていきたい。この研究は将来的にはクロロフィル分解の抑制により光合成機能を維持する植物の作出につながる可能性がある。
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Causes of Carryover |
クロロフィル分解を介したジャスモン酸の誘導による老化の進行の解明という本研究の課題はおおむね達成され、その成果は既に報告を終えている(Ono. et al., 2019, J Plant Physiol 238: 53-62)。 本研究を進める過程で、クロロフィル分解と光合成機能の維持の関係にまで本研究の内容を拡張することがわかり、その研究の完成を目指している。そのため、電子顕微鏡観察、タンパク質の分析の実験を行わなければならない。これらの研究を遂行するために次年度使用額が生じた。
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