2018 Fiscal Year Research-status Report
日本とEUの生乳流通市場及び酪農生産者組織に関する比較研究
Project/Area Number |
17K07961
|
Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
矢坂 雅充 東京大学, 大学院経済学研究科(経済学部), 准教授 (90191098)
|
Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
清水池 義治 北海道大学, 農学研究院, 講師 (30545215)
|
Project Period (FY) |
2017-04-01 – 2020-03-31
|
Keywords | 改正畜産経営安定法 / 酪農生産者組織 / 生乳流通 / 部分委託 / ミルクパッケージ政策 / 価格形成 / 契約 / 協同組合 |
Outline of Annual Research Achievements |
畜産経営安定法(畜安法)改正の初年度に生じた生乳流通の変化などについて、ホクレン農協連合会、東海酪農連合会、東北生乳販売連合会などの指定事業者や生乳の二股出荷を行っている酪農生産者への聞き取り調査を行った。それらをふまえて、矢坂雅充と清水池義治は部分委託を前提とする生乳共販が指定事業者(旧指定団体)を脆弱化させ、共販システムに需給調整コストを押しつけて公正な生乳取引を阻害することをいくつかの論考で指摘してきた。矢坂雅充「畜安法改正と生乳流通」(「農業と経済」2019年6月号)では、さらに生乳取引契約違反事例の発生を抑制できない酪農制度改革の負の影響の大きさを分析した。 日本の酪農制度改革を比較検証するために、スペインのミルクパッケージ政策の導入実態調査を行った。中央政府農業省や中間組織INLACだけでなく、ガリシア州、アストゥリアス州の大学、乳業メーカー、Producers Organization(PO)、農協などを訪問して、POの設立経緯や活動などについて聞き取り調査を行い、新たな生産者組織として設立されるPOに対する乳業メーカーの反発や酪農協組織への埋没といった事態を理解した。 2017年度のドイツ調査や今年度のスペイン調査をふまえて、研究協力者の小田志保はドイツの乳業メーカーをもつ酪農協のガバナンスや組合員出資・退会問題や、フランス、オランダの酪農協における意思決定や利益配分のあり方について検討した。それぞれの国のミルクパッケージ政策の基礎条件ともいえる酪農協の特質が、POの社会的ニーズや普及の差異をもたらしていることが示唆された。 日本およびEUの酪農制度はいずれも不安定な状況にある。国や地域によって協同組合へのアンチテーゼ、補完、誘導といった異なる位置づけが与えられるPOの分析を通して、日本の指定事業者が直面する問題の骨格が一定程度明らかになった。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
EUのミルクパッケージ政策について、昨年度実施したドイツでの調査結果をふまえて、スペインで調査を行い、両国における政策のスタンスの違いやProducers Oraganization(PO)の性格の相違点が浮き彫りになった。POは酪農協のガバナンスや生乳市場での位置づけ、とくに合併による組合員の増大、乳業工場保の有無や製造する乳製品の内容(脱脂粉乳・バターといった国際商品、飲用牛乳・ヨーグルトといった国内向け液状乳製品)などを反映して、POの組織や機能は多様であることを明らかにした。 これらの知見をふまえると、スペインのPOが直面している市場環境と日本の指定事業者が直面している課題との近似性が確認される。両国とも液状乳製品中心の市場で、乳業工場を保有する酪農協も少ない。生乳の需給調整が難しいなかで、強い取引交渉力をもつ生産者組織が模索されているからである。一方、法律で規定されてきた日本の生乳共販システムはドイツの大規模酪農協と同様に組織化されているが、酪農経営の規模格差などが広がっていくなかでガバナンスや意思決定のあり方が問われていることも明確になった。 日本では酪農制度改革によって指定事業者の統率力やガバナンスが動揺しつつある。ドイツやスペインの生乳取引や農協組織とPOの組織や機能の分析をつうじて、日本の指定事業者を多様で柔軟な組織や機能をものとして再考する必要性も理解された。日本、ドイツ、スペインの酪農生産者組織の比較研究の成果である。 さらにスペインではEUの多国籍乳業メーカーによる酪農生産者の組織化についても調査を行うことができた。経営管理のレベルなどによって取引相手の酪農経営をいくつかのカテゴリーに分け、経営支援や乳価決定方式などで異なる取引条件が設定されている。日本でも今後、乳業と酪農経営の直接取引が広がる可能性があり、重要な示唆を得ることができた。
|
Strategy for Future Research Activity |
日本では指定事業者への部分委託販売に関する情報が広まるにつれて、二股出荷を導入する酪農経営の経営体数や地域が徐々に広がっていくと考えられる。引き続き部分委託の実態や問題点を検証し、指定事業者の組織や機能の変化に焦点を当てて検討する。部分委託の進展は、指定事業者と酪農生産者における信頼関係、ガバナンスのあり方にも左右されるので、今後は酪農経営の減少によって指定事業者の機能確保が厳しくなっている四国、北陸、近畿の指定事業者、北海道とともに広域生乳流通の中核を担っている九州の指定事業者への聞き取り調査をとおして、生乳取引契約の変化や酪農生産者組織再編のあり方を検討する。 比較参照事例として取り上げているEUのミルクパッケージ政策については、フランスを中心にPOや酪農協の生乳取引への関与などを中心に調査を行う。フランスはローカルチーズを製造する多くの酪農協がある一方で、飲用牛乳や一般的なチーズ向けの生乳を提供する酪農協、酪農経営への多国籍乳業メーカーによる強圧的な生乳取引に大きな社会的関心が寄せられている。すでにボルドー大学の研究者や酪農協関係者との意見交換の場をもっており、ドイツ、スペインでの調査で新たに浮かび上がってきた不明点を明らかにするとともに、フランスのPOの特質を酪農協や乳業メーカーなどとの関係から明らかにする。 フランスのInterprofessional InstituteであるCNIELは、ミルクパッケージ政策でInterbranchのモデルとされ、その機能強化が提起されている。CNIELの活動がPOの機能強化二度のように関わっているのかも重要な論点となる。 あわせて農協やPOだけでなく、乳業メーカーあるいは大手小売業者による酪農生産者の組織化の実態についても可能な限り情報収集を行い、広く酪農生産者の組織化のあり方を検討する。
|
Causes of Carryover |
2019年3月に札幌市のホクレン農協連合会への聞き取り調査のために出張したが、残額では往復の旅費をまかなうことができなかったので、自費で出張費を支出した。 残額は翌年度の旅費に加算して調査研究を実施する予定である。
|