2006 Fiscal Year Annual Research Report
文化の病としての拒食ー拒食聖女からジェンダーの病へー
Project/Area Number |
18652029
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Research Institution | Nagoya University |
Principal Investigator |
渡辺 美樹 名古屋大学, 国際言語文化研究科, 助教授 (90201235)
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Keywords | 拒食症 / 拒食聖人 / クラリッサ・ハーロー |
Research Abstract |
18年度は、宗教的な動機による拒食をテーマとした研究を行った。このテーマを取り上げたのは、ギデンズの『社会学』第3版が拒食症を宗教的信条とは無関係な文化の病気と定義しているにもかかわらず、歴史的に見れば、宗教的な動機による女性の拒食症も確かに存在するからである。分析対象としては、リチャードソンの小説の主人公クラリッサ・ハーロー、『源氏物語』宇治十帖の大君を取り上げたほか、宮沢賢治やシモーヌ・ヴェイユのケースについても考察を行った。ただし、ヴェイユの哲学との直接的な関連は見出すことができなかった。 英文学史上初の拒食症患者はクラリッサ・ハーローである。彼女の拒食症を、コーエンは近代家族史の観点から権力と女性の自己規定欲求との相克の結果であるとし、エルマンも現代史の観点から抑圧に対する抗議の印と読み解いている。しかし彼女の拒食症はまた、ルドルフ・ベルの説く拒食聖女の歴史の中に位置づけることもできる。この物語の三分の一は彼女の死に費やされており、彼女の死の床に人々が集い、祝福を受けて帰っていくこと、死後の彼女が聖母マリアの花「白百合」として称えられることはさながら聖人の昇天を思わせる。このような聖女性を付与されたクラリッサは、中世以来の拒食聖女の伝統を色濃く残す拒食症患者であったと言えよう。 宇治十帖の大君は、中有に彷徨うう父、八の宮に会える唯一の機会を求めて拒食死を選んだ。宗教的な動機はないが、女性は穢れた者であるため成仏できず、極楽浄土に行くことのできる男性とは袂を分かつという当時の宗教的な観念が背後にある。宮沢賢治やヴェイユは共に節食傾向があり、自らの拒否した食物は飢餓線上の人々に神秘的な形で与えられ得ると信じていた。賢治はこの信念に基づいて食物連鎖を断ち切る『よだかの星』という童話を書いている。宗教的な動機による拒食は20世紀初頭まで存在したと言うことができる。
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