Research Abstract |
初年度である今年度は,アメリカ合衆国において重罪犯の選挙権剥奪(felon disenfranchisement)と呼ばれる問題について,これまでに発表された学術的な書籍や論文のほか,新聞や雑誌の記事,合衆国議会や州議会の議事録,合衆国裁判所や州裁判所の判決その他の訴訟記録などを関連資料として収集し,これらの整理および分析を進めたほか,9月20日から25日にかけて,フィラデルフィア市およびニュー・ヨーク市に渡航し,この問題をめぐって現に裁判所に係属中の訴訟の関係者に対する聴取調査を含む現地調査をおこなった。また,この問題に関する研究プロジェクトを展開しているブレナン・センターやセンテンシング・プロジェクトなど現地の複数のシンクタンクから関連資料の提供を受けたほか,これらに所属する研究者や実務家との意見交換もおこなった。 合衆国では,重罪の有罪判決が確定して現に刑事施設に拘置されている受刑者のほか,執行猶予中や仮釈放中の重罪犯についても選挙権を剥奪している州が少なくなく,生涯にわたる剥奪が通例となっている州もあることから,この問題が前世紀末の大統領選挙の反省を出発点とする連邦選挙改革のなかで主要な改革課題の1つとされ,州によっては憲法や法律の改正によって是正がはかられてきたが,これを合衆国の法律や裁判所の判決によって統一的かつ抜本的に克服しようとする試みは,いずれも選挙法を原則として各州の専管事項とする連邦制度によって阻まれてきた。また,合衆国最高裁判所は,この種の剥奪を定める州の憲法や法律が特定の人種に対する差別を意図して制定された場合は別として,そのような差別の効果が確認されるだけでは合衆国憲法の平等保護条項に違反しないとする1974年と1985年の判決を,厳罰化傾向が進むなか従来にもまして各州の重罪犯の人種構成に明瞭な不均衡が看取されるようになった現在も,確固たる先例として堅持している。このような状況は,市民的および政治的権利に関する国際規約に基づいて9月15日に人権委員会から是正勧告を受けたほか,11月7日に実施された中間選挙の前後には,国内でも選挙結果に影響を及ぼしていることが懸念されるとして,あらためて論議されることになったが,特筆すべき新傾向としては,ニュー・ジャージ州立ラトガース大学法科大学院(ニューアーク校)の憲法訴訟クリニックがアメリカ自由人権協会や全米有色人種地位向上協会の同州支部などとともに同州の憲法に基づいて訴訟を提起した事件があり,州の最高裁判所において3月に敗訴が確定した後,合衆国の裁判所を経由することなく,9月13日に米州機構の人権委員会に申し立てがなされた。現在も係属中であり,いまだ成否は不明であるが,連邦制のもとで代表制と司法審査制が交錯する合衆国の選挙法に,国際連合の規約人権委員会も含めて国際機関の機能が関係するようになった新たな動向には,この研究の最終年度である次年度に向けて中心的な考察対象の1つとすべき意義があると考えている。
|