2018 Fiscal Year Annual Research Report
西日本最高地点に立地する山稜の弥生遺跡群に関する実証的研究
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18H00737
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Research Institution | Ehime University |
Principal Investigator |
柴田 昌児 愛媛大学, 埋蔵文化財調査室, 准教授 (10735286)
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Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
宮里 修 高知大学, 教育研究部人文社会科学系人文社会科学部門, 准教授 (60339645)
遠部 慎 島根大学, 法文学部, 客員研究員 (50450151)
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Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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Keywords | 山稜性集落 / 石器製作 / 生業 / 移動 / 交通 / 交易 / 縄文・弥生時代 / 食生活 |
Outline of Annual Research Achievements |
西日本最高峰の標高1982mの石鎚山を主峰とする四国石鎚山脈には三十余峰を数える千mを超える山々が連なっている。愛媛県久万高原町猿楽遺跡は、その一角、高知県境にある標高1541mの中津明神山へと連なる二箆山付近、標高1080~1100mの山稜上に位置している。本研究では猿楽遺跡の発掘調査を行い、併せて猿楽遺跡周辺の山稜部の詳細分布調査・踏査を実施し、山稜に住む縄文・弥生人の実態を解明する。猿楽遺跡のトレンチ調査と踏査では、標高約1080~1100mの高地で縄文時代晩期後半(約3000年前)、弥生時代前期前半(約2600年前)に縄文・弥生人の活動した痕跡を確認することができ、小規模な石器製作を行っていることがわかった。このことから猿楽遺跡ではごく限られた範囲に遺物が集中し、小規模な遺構を形成する自立した人間活動が行われていたことが判明した。 猿楽遺跡周辺の踏査では弥生時代後期後半(約1800年前)の遺物が出土する箇所が点在していることも判明した。こうした状況から各遺跡では小規模な集団が転々と場所を変えながら山稜上に住んでいた様子を想定することができる。 ではどのような集団が住んでいたのか。山稜沿いに造られた近世・江戸時代の道路である土佐街道に沿って遺跡が分布していることを踏まえ、さらに高知県側にも近接した山間部に縄文時代晩期と弥生時代前期・後期の遺跡があり、その出土遺物の共通性から交易・交通・移動と言う活動が山稜の縄文・弥生遺跡群の主たる機能でキャンプ地のような集落であったと分析した。 また縄文時代晩期から弥生時代を通して遺跡が展開するのではなく、時期が限定され、断続的であることは、各時期で性格が異なったり、気候変動や社会変動が密接に関わったりしていることも考えられ、今後の課題である。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
猿楽遺跡の発掘調査を行い、併せて猿楽遺跡周辺の山稜部の詳細分布調査・踏査を予定通り実施した。 その結果、発掘調査では縄文時代晩期後半の生活痕跡を確認し、石器製作趾を確認した。猿楽遺跡周辺の踏査では弥生時代後期後半の遺物が出土する箇所が点在していることが判明した。 出土遺物は洗浄・注記したうえで接合作業を行い、図化作業を実施した。また同位体分析・脂肪酸分析を行うため、分析用試料の採取を行った。
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Strategy for Future Research Activity |
引き続き、猿楽遺跡の発掘調査を行い、併せて猿楽遺跡周辺の山稜部の詳細分布調査・踏査を実施する。 発掘調査ではトレンチ調査箇所を広げ、出土遺物の出土傾向を確認する。踏査では高知県境まで対象範囲を広げて調査する。四国山稜地に所在する縄文・弥生遺跡を集成し、立地環境・出土遺物を検証する。 引き続き、出土遺物は洗浄・注記したうえで接合作業を行い、図化作業を実施する。また同位体分析・脂肪酸分析分析・残留デンプン粒分析を実施し、その結果を確認し、考察する。
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Research Products
(1 results)