2019 Fiscal Year Annual Research Report
過去はどこまで今を制約するのか:海洋島陸貝群集をモデルとして
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18H02506
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Research Institution | Tohoku University |
Principal Investigator |
千葉 聡 東北大学, 東北アジア研究センター, 教授 (10236812)
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Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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Keywords | 陸貝 / 島嶼生物学 / 系統 |
Outline of Annual Research Achievements |
小笠原諸島の陸産貝類カタマイマイ属のマイクロサテライト解析を行った。その結果、父島ではカタマイマイとチチジマカタマイマイが遺伝的に極めて近縁な集団からなること、また半島部や周辺の離島で、過去数千年の間に著しい集団の縮小があったことが推定された。また必ずしも近隣の集団が遺伝的に近いとは限らず、地理的隔離だけでなく、かなり長距離の分散がその遺伝的変異のパターンの形成に強く関与してきた可能性が示された。 大東諸島の陸産貝類アツマイマイ類で分子系統解析を行ったところ、北大東島と南大東島は遺伝的に異なる一方、島内の集団は一部を除き遺伝的におおむね均一であることが推定された。大東諸島の集団を含め、オナジマイマイ属陸貝の系統推定を進めることにより、このグループの進化史と遺伝的分化の要因を解明した。本グループの遺伝的に異なる地域集団の多くは、島嶼化以降に島間での長距離分散と隔離によって生じたことがわかった。大東諸島だけでなく、多くの大陸島で海洋島的な役割が果たされていたことがわかった。このような分散は従来大陸周辺の島嶼における生物地理分布の形成ではあまり重視されていなかったが、上記の成果はそれが無視できない重要な要因であることを示している。 小笠原で新たに淡水生の貝類として、マメシジミの一種が得られた。分子系統を用いて解析した結果、本種は琉球列島に由来し、遺伝的分化を生じていることが判った。同様なマメシジミ類の長距離分散のケースは屋久島からも見出され、本州北部から由来し遺伝的分化を遂げたと推定された。しかしこれらは祖先の集団と生息環境の大きな違いにもかかわらず、祖先と生態的、形態的変化に乏しく、進化的制約の存在を強く示しているものと考えられる。この生態的、形態的な制約の機構について計算機シミュレーションを行い、可塑性が重要な要因であることを推定した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
今年度に予定していた小笠原と大東諸島の陸産貝類種群の、遺伝的変異や系統推定の研究は、カタマイマイやアツマイマイ類で順調に進展し、生物地理的なパターンの形成過程について知見を得ることができるなど、成果を得ることができた。一方、生活様式や資源利用の推定については、今年度は夏期の台風および冬―春期の新型コロナウイルスの影響のため、予定していた現地調査ができず、十分なデータは得られなかった。これは次年度の課題である。 小笠原の陸産貝類種群のうち、キバサナギガイ類、スナガイ類、ノミガイ類、ベッコウマイマイ類などの分子系統推定はハハヒメベッコウなどで成果が得られており、順調に進展しているといえる。またこのグループの他の地域や本土の種群との比較も進めている。 今年度は琉球列島や小笠原列島の陸貝に加えて、淡水貝類や伊豆諸島など別の島嶼の陸貝の進化史や生物地理分布の起源について解析し、知見を得ることができた。その結果、これまで知られていなかったる長距離分散した系統の存在を、これらの島で確認することができた。これは予期しなかった大きな成果であると言える。これは琉球列島の事例と同じく、大陸に近接した島であるにもかかわらず、生物地理的に海洋島的な性格を持っている場合があることを示しており、昨年度に得られた知見が裏付けられた。今後、新たな定着後に生態がどのように変化したかを知ることは、進化的制約の効果を明らかにするうえで重要な意義をもつと考えられる。 本年度の新たな発見のなかで、小笠原や屋久島のマメシジミの長距離分散の事例では、著しい形態と生態の保守性が認められたが、これは進化的制約の効果を示すものとして本研究が期待していた成果である。 以上のように、本研究は前記の理由で野外調査ができず、完了しなかった部分があるものの、おおむね順調に進展していると結論できる。
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Strategy for Future Research Activity |
本年度に行った分子系統解析を、小笠原および本土と大陸で今後もさらに進めていく。本年度は台風と新型コロナウイルスの影響のため、行うことのできなかった野外での生態解析も来年度はあわせて進めていく予定である。ただし来年度前半は依然として新型コロナウイルスによる研究調査の自粛の影響が予想されるため、十分な野外調査を行うことができない可能性がある。この場合は予定を変更して、既存の試料を用いて形態解析や分子系統推定を中心に進めていく予定である。特にRAD-seq解析を中心とした分子系統解析を進める。 本年度の調査の過程では、琉球列島の化石情報を利用して、系統解析で得られた結果とあわせて、各種の分岐年代を推定する。RAD-seq解析を中心とした分子系統解析を進めるとともに、より正確な集団の分岐年代の推定に努める。従来得られている分子時計のデータに加え、これらを新たな時代の校正点として利用する。また化石記録中における化石種の構成にもとづいて、絶滅した種の割合や、種構成の時間的変化について推定する。さらにこれら群集の種構成の変化と、分子系統学解析の結果を比較、総合し、群集や集団の性質がどのように変化してきたのかを調べていく予定である。 以上のような解析によって得られたニッチ利用のパターン、種分化率、絶滅率、移住を、本土と島で系統ごと、地域群集ごとに比較し、異なる島嶼間で共通のパターンの有無を抽出する予定である。最終的に系統ごとに本土と島の群集間でニッチ利用のパターンや種の共存パターンの違いに、群集を構成する系統の組成がどれだけ貢献しているか、定量的に評価することによって、進化的制約が果たす生態的効果の解明を目指す。
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Research Products
(3 results)