2019 Fiscal Year Annual Research Report
1960年代アメリカにおけるルネ・マグリット受容の研究
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18J01113
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Research Institution | Japan Women's University |
Principal Investigator |
利根川 由奈 日本女子大学, 人間社会学研究科, 特別研究員(PD)
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Project Period (FY) |
2018-04-25 – 2021-03-31
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Keywords | ルネ・マグリット / 文化政策 / ベルギー美術史 / アメリカ戦後美術 / シュルレアリスム / 幻想美術 |
Outline of Annual Research Achievements |
本年は、1960年代アメリカにおけるマグリット受容を明らかにするために、①《生存者》(1950年)制作時・展示時のマグリットの意図の把握、②「ダダ、シュルレアリスムとその遺産」展(1968年、MoMA)における《個人的価値》(1952年)の置かれた文脈の同定、を研究目的とした。 ①について、《生存者》は1943年のドイツ軍のブリュッセル占領から逃れるさなかに着想した作品であること、また共産党主催の展覧会「芸術と平和」展(1950年、リヨン)にマグリットが出品した作品であること、をマルセル・マリエンが証言しているように、この作品は画家によって反戦的意味が付されていたと考えられる。「芸術と平和」展の調査を進める中で、《生存者》が第一次世界大戦時に従軍していたマグリットの反戦思想を銃の表象によって直接的に反映させた可能性があるのではないかとの気づきを得たため、その点の調査を行った。その結果、大戦後からマグリットが反戦の意志を持ち、共産主義へ傾倒したことを、ジェームズ・アンソールに対する思想を結節点とすることでつきとめた。 ②については、昨年度の研究結果から1950-60年代のマグリット作品が「幻想美術」の文脈に乗せられていたことが明らかになったため、「幻想美術、ダダ、シュルレアリスム」展(1926年、MoMA)におけるアルフレッド・バーJr.のマグリット解釈を検討する必要があると考えた。そのため、展覧会カタログ、インタビュー、書簡におけるバーJr.の言説を分析し、彼のマグリット解釈を同定した。その結果、バーJr.は「幻想美術、ダダ、シュルレアリスム」展で、抽象美術・キュビスムの対立項として「幻想美術」とシュルレアリスムを措定し、シュルレアリスムと、そのルーツのひとつであるとしたフランドル美術の系譜にマグリットを位置付けていた可能性が高いことが明らかになった。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
PD採用2年目の研究目的は、①《生存者》(1950年)制作時・展示時のマグリットの意図の把握、②「ダダ、シュルレアリスムとその遺産」展(1968年、MoMA)における《個人的価値》(1952年)の置かれた文脈の同定、の2点である。 ①に関しては、《生存者》制作時・展示時に反戦思想をマグリットが持ち、血を流す銃の表象に反映させたこと、共産党主催の展覧会でこの作品が展示されたことから画家の反戦思想が共産主義に拠るものであったこと、を明らかにした点で成果が出た。加えて、マグリットの反戦思想が画家の第一次世界大戦時の従軍経験に基づくこと、同時代のベルギー国内の共産主義(フランス語圏)と国家主義(オランダ語圏)の対立に依拠したこと、の2点を、マグリットのジェームズ・アンソールへの美術史的・政治的評価を通じて解明することができた。その結果、マグリットの政治思想ならびに《生存者》の解釈を更新することができた。 ②に関しては、日常生活でよく目にするモチーフを用いたポップアートと《個人的価値》がこの展覧会で結び付けられた理由の解明が課題であったが、私は1930年代にMoMAが提唱した幻想美術の概念を媒介とすることで問題解決にあたった。その結果、抽象美術の対立項としてシュルレアリスム・幻想美術が置かれた戦間期アメリカ美術史において、マグリットは後者を担う者として扱われ、ポップアートとも接続されるようになった過程を明らかにした。よって、私の研究は概ね順調に進展しているといえる。
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Strategy for Future Research Activity |
採用最終年度の研究目的は、①ポップ・アートと反ブルジョワ思想との蝶番としてのマグリット作品の役割の把握、②モダニズムにおけるシュルレアリスム再評価とマグリット作品の関連の解明、の二点である。 ①に関しては、1960年代アメリカのポップ・アートをめぐる状況は、消費社会への迎合(Hilton Kramerなど)と 反ブルジョワ思想の表明(Harold Rosenbergなど)という二極に分かれていた。こうした状況を可視化させた「ポップ・アート・シンポジウム」(MoMA)の講演録、ポップ・アートとシュルレアリスム美術の共通項を反社会的態度に見出したルーシー・リパードの著作を検討し、ポップ・アートと反ブルジョワ思想を結びつけようとする文脈の中でマグリット作品がどのように位置付けられたかを明らかにする。 ②に関しては、グリーンバーグの影響力が強かった「アートフォーラム」誌において、批評家マックス・コズロフがシュルレアリスム美術をモダニズムの文脈で再評価した。この際、コズロフはシュルレアリスムの例としてマグリット作品を挙げたため、コズロフの言説の分析を通してモダニズムにおけるマグリット作品の位置づけを明らかにする。
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Research Products
(2 results)