2018 Fiscal Year Annual Research Report
実践的判断力の解明:身体の現象学に基づいた実践的判断力論の構築に向けて
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18J10353
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Research Institution | Osaka University |
Principal Investigator |
宮田 賢人 大阪大学, 法学研究科, 特別研究員(DC2)
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Project Period (FY) |
2018-04-25 – 2020-03-31
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Keywords | 法理学 / 徳倫理 / 内在的批判論 / ヒューム / アリストテレス / 批判的社会理論 / 法哲学 / パラオ共和国 |
Outline of Annual Research Achievements |
現代の徳論、および、それに関連のある実践哲学の諸理論の調査・検討を行った。より具体的には、アリストテレス主義的徳論(Alasdair MacIntyre, Martha Nussbaum, Philippa Foot, Rosalind Hursthouseら)、ヒューム主義的徳論(David Hume、Michael Slote, 林誓雄)、批判的社会理論における内在的批判論(Titus Stahl、Rahel Jaeggi)の三つの立場をそれぞれ調査・整理・検討・批評した。その結果、アリストテレス主義・ヒューム主義・内在的批判論のいずれの立場も、相対主義を退けるために、現代では論証負担の重すぎる形而上学的な概念を組み入れるか、または、それを回避して相対主義を退けられぬことを甘受するか、というジレンマに陥ることを指摘した。より具体的には、アリストテレス主義は「テロスを内在した自然」、ヒューム主義は「一定の水準まで発達が予定された共感能力」、内在的批判論は「自由の実現という目標へ向けて進歩する歴史」という概念を擁護することなしに、相対主義を退けることができないことがそれぞれ批判された。 また、パラオにおいて、第二次世界大戦後すぐから現在に至るまで、年長者への尊敬という価値観および生活スタイルがどのように変化したかをフィールド調査及び文献資料を通じて調査した。調査を通じて、どの情報提供者も年長者への尊敬の程度が小さくなっていることを指摘する傾向にあることが確認できた。また、父母を始めとする年長の親族による日常実践(漁やタロ耕作等)の中での子どもの教育や、コミュニティワークを通じた共同体内での子どもの教育が、学校のような近代的教育制度とは異なる伝統的教育制度として認識されていること、そしてその諸制度が生活スタイルの変化とともに解体していることが確認できた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本年度の到達目標は、第一に、プラトンやアリストテレス、ストア派、アウグスティヌス、トマス・アクィナスといった古代・中世の徳倫理学の議論をふまえた上で、現代徳倫理学の諸理論を整理・検討すること、第二に、パラオでのフィールド調査を通じて、価値観の変容と生活スタイルの変化の対応関係を確認することであった。 一つ目の目標については、想定したよりも現代徳倫理学の文献が多く、アクィナスの徳論の調査を断念せざるをえなかったが、アリストテレス主義者・ヒューム主義者の議論を過不足なく調査し、次年度の研究課題との関連で重要な論点を抽出することができた。以上の研究経過と成果をふまえ、論文草稿を一通り執筆し、公表へ向けて微調整を行っている。また、研究を進める中で、フランクフルト学派の系譜を継ぐ批判的社会理論において盛んに議論されている内在的批判論と現代徳倫理学の諸理論との間に理論上の繋がりがあることが判明したので、内在的批判論も併せて整理・検討し、上記論文草稿へ成果をまとめた。以上より、第一の目標は大体において達成できた。 二つ目の目標については、文献調査・参与観察・ヒアリング調査(50歳代後半から90歳代までのパラオ人計14名にヒアリングを実施)を組み合わせることで、年長者への尊敬という価値観の変容と生活スタイルの変化の対応関係を一定程度明らかにでき、次年度に予定しているミクロネシア連邦でのフィールド調査を設計する上で必要な情報を獲得することができた。以上より、第二の目標も大体において達成できた。
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Strategy for Future Research Activity |
次年度の研究では以下の二つの目標を達成したい。 第一の目標は、本研究課題の仮説であるところの、実践的判断力とは身体感覚であるという主張を文献調査によって検証することである。現段階では、以下のような手順で調査・検証が進むと想定している。まず、今年度の研究成果をふまえつつ、徳の現象学的説明のためにエドムント・フッサールの価値現象学が有用であることを確認する。次に、フッサールの価値現象学によっては十分説明しきれない道徳的判断の現象学的特徴を摘示する。次に、この説明上の困難は、理論哲学におけるフッサールの中期から後期思想への展開を価値現象学へ応用すれば解消しうることを示す。最後に、メルロ=ポンティの現象学に依拠して、このような応用の帰結こそ、身体感覚が実践的判断力であるという主張だということを論じたい。 第二の目標は、上記の主張を実証的に支持する論拠として、年長者への尊敬という価値が日常生活実践の中で身体的に内面化される様子を示すような経験的データをミクロネシア連邦のヤップ州で収集することである。今年度のパラオでの調査を通じて、年長者への尊敬という価値の変容と日常生活スタイルの変化との間の対応関係が明確になったが、その対応関係を具体的なエピソードでもって示すという課題は、パラオの現在の年長者が子どもであったときにおいて、すでに生活スタイルの現代化が始まっていたことから、十分適わなかった。そこで、次年度は、依然として伝統的な生活スタイルが維持されているミクロネシア連邦ヤップ州でフィールド調査を実施し、今年度の調査結果を補強したい。
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