2018 Fiscal Year Annual Research Report
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18J13511
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
武藤 奈月 東京大学, 人文社会系研究科, 特別研究員(DC2)
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Project Period (FY) |
2018-04-25 – 2020-03-31
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Keywords | フランス中世文学 / 物語(roman) / 古代物語 / アーサー王物語 / クレチアン・ド・トロワ / 語り |
Outline of Annual Research Achievements |
本年度は、研究目的の達成のため、大きく分けて二つの活動を行った。 第一に、「古代物語」に分類される作品の読解に取り組んだ。具体的には、『テーベ物語』や『エネアス物語』、ブノワ・ド・サント=モールの『トロワ物語』やオウィディウス作品の古フランス語翻案等を対象とし、作品の内在的な読解を行った。「古代物語」は、ラテン語からの翻訳作品にすぎないと捉えられ、語りという側面から分析されることが少なかった。しかしながら同時にこれらのテクストは、ラテン語とフランス語、古代と中世、歴史と虚構、異教とキリスト教、翻訳と自律したエクリチュールという、幾重にも重なった緊張関係の中で生まれた作品群であり、中世のテクストの特徴を如実に伝えているとも言える。特に、古代物語においては、詳細精緻な描写(エクフラシス)への関心が認められるほか、語り手の主観性がより頻繁に表現されていることを確認した。 第二に、アーサー王物語の実質的な創始者でもある、クレチアン・ド・トロワの作品における語りと時間性についての考察を行った。同時代の作品の時間性に関しては、一種の無時間性が指摘されていたが、クレチアンの第三作である『獅子の騎士』と第四作にあたる『荷車の騎士』には、当時の社会慣習に基づく計算された時間への配慮が見られる。この二作品では、キリスト教的な直線的時間と円環的かつ長期的な時間との融合により、同時進行で出来事が語られ、時間性は一人の作者による一つの物語世界に結び付けられている。さらに、同時代の他作品は基本的に過去の出来事を物語るのに対して、『荷車の騎士』は語りの未来志向性を示している。この研究成果は査読付き論文のかたちで発表した(『仏語仏文学研究』、第五十一号)。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
1年目となる本年度には、主に原典の読解に取り組み、古代物語の主要な作品の内在的な分析を完了したことによって、対象とした作品群全体に共通する問題の予備的な考察を行うことが可能となった。またクレチアンの二作品における語りについて、論文として発表した。ここで明らかにした点は、いずれも物語、ひいては中世文学全体でもきわめて稀有な例であり、クレチアンの自己作品への強い意識とその語りの独自性を裏付けるものである。 一方、特に研究を開始した前半期には、当初の課題と計画に沿って進めるにあたって、研究計画に適宜修正を加える作業の必要性が感じられた。その一点目として挙げられるのは、課題とした「語り」の問題がきわめて広いものだったため、実際に研究成果として発表する際には、いくつかの問題に絞り込んだ上で議論を展開するべきであり、申請時に設定した諸々の問題に拘らず、原典の読解による分析結果を確認しつつ検討し直す必要がある。二点目としては、文学作品中の語りという内在的な側面への着眼は維持しつつも、十二世紀中盤から後半の時代状況を踏まえ、より社会的な側面をも考慮に入れることである。これは、当初の計画に沿って研究を進める場合、テクストが歴史的文脈や社会通念から切り離され、孤立した事物になりかねないと考えたためである。 以上のことから、本年度はおおむね順調に進展したと言え、また今後の課題も明白になった。
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Strategy for Future Research Activity |
進捗状況の欄で述べた二点を念頭に、引き続き対象とした作品の読解と分析に取り組む。すなわち、今後は①語りのうちどのような側面に焦点を当てるのかを再検討しつつ、②時代背景を考慮に入れながら併せて論じることを目指す。物語では、「語り手」は出来事を語りながらも、主観的に驚きを表明することが特徴であり、驚きの対象はしばしば自身の語る物語世界全体へと及ぶ。そして、特に古代物語においては、本質的に「他者」である古代世界とキリスト教化された封建社会との対立、あるいは融合が常に見られる。そのため、語りと時代状況との関係の考察は、当時の文学的特徴を明らかにするに際しても有益と考えられる。現在のところ、クレチアンの『エレックとエニッド』と『聖杯の物語』における語りの関係について考察している。さらに『テーベ物語』の例をこの分析に加えることで、これらのテクストに見られる語り手の主観性を比較検討しつつ、父系社会における「罪」、あるいは「沈黙」や「言葉」といったキリスト教とも関連するテーマと併せて論じる予定である。今後は以上の点を考慮しつつ、分析を進める。
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Research Products
(1 results)